ホロスコープ1 | ナノ


「ジゼル、気を悪くしないで欲しいんだけど、君この前からずっと眉間にシワが寄ってるよ」


アルバスが恐々口を開いた。談話室の暖炉の近くのテーブルで薬草学の宿題をやっつけているときだった。私は羊皮紙に一心不乱で書き込んでいた手を休め、アルバスを見た。彼は僅かに身動ぎした。

「そう?普通にしてるつもりだけど」
「アル、空気読みなさいよ」


ローズがたしなめた。スコーピウスとの一件以来、私は常にムスッとしているらしい。ニーナやベティからも何があったのかと訊かれたが、私はローズとポッター兄弟以外にあのことを話していなかった。自分の無様な経験をわざわざ広めたくはなかった。


アルバスは疲れた顔で息を吐きながら肩を回した。

「分かってるけどさ、僕もうこんな空気嫌だよ。爆発寸前なのはジゼルだけじゃない。ただでさえグリフィンドールは―――・・・ああ、来た」


ちょうど肖像画の穴からジェームズが帰ってきたところだった。グリフィンドールチームのクィディッチ練習の後で、ジェームズの頬は冬の冷気で真っ赤になっていたが、同時に彼からは沸騰したような激しい苛立ちが発散されていた。

「クッソ!」

ジェームズはカッカしながら私たちのいるテーブルに近付き、アルバスの隣の椅子にドカッと座った。ローズが心配そうに眉を下げた。

「まだチームの調子が悪いの?」
「最悪だ!ったく・・・あのデクの棒ときたら!」


ジェームズは声を落とした。みんな彼の意図は分かっていた。寮の談話室で大声でチームメイトの悪口を言うことなんて出来ないのだ。前の対スリザリン戦でグリフィンドールが大敗してからジェームズはずっとこうだった。その試合の中盤、ジェームズは鼻の骨を折って早々に退場したのだ。しかもそれは味方のビーターの仕業だった。


「グリニーの野郎、ただじゃおかない。大体あんなパワーも根性も無いヤツがプレイしてるなんて世も末だ」
「テストで他にマシなのがいなかったんだろ?」

アルバスはさりげなくを装っていたが、そわそわと両手を握ったり開いたりしていた。ジェームズはすっかり元通りになった鼻をつまみながら頷いた。

「ああ、他は真っ直ぐ飛ぶことさえ無理だった。キャプテンもグリニーがでかいから仕方なく取ったけど、バカらしい!アイツのは贅肉だ。それでもさ、あの試合、僕はアイツがブラッジャーを打とうとしてるのをハッキリ見たんだ。それから動いたんだぜ?誰が自分の方に飛んでくると思うよ?」
「あれは確かに悲劇だったわ・・・」
「全くだロージィ。みんな言ってるよ、今のグリフィンドールで本当に優秀な選手は三人くらいしかいないって。もう一人のビーターでキャプテンのジョルジュと、チェイサー仲間のエリオットと、僕だ」
「じゃあ、シーカーもイマイチなんだよね?」

アルバスは期待を隠し切れていない口調で言った。

「そうだな。シーカーはジョルジュと同じ六年生だけど、お前の方がまだいくらかマシかもな。猫の手も、アルの手だって借りたい気分だ。デビュー戦で勝てたのは奇跡だった。言いたかないけど優勝は相当厳しい」
「僕を猫扱いするなよ!」
「で?ジゼルはなんで話に入ってこないんだい?自分の世界の中かい?」


ジェームズは愚痴って多少すっきりした顔で私を眺めた。

「別に・・・ちゃんと聞いてたよ」
「ジゼルはまだマルフォイに腹立ててるんだ」
「アル!」
「ジゼル、分かってたことじゃないか?マルフォイは飛行訓練の時だってそんな感じだったろ?」


ジェームズの言葉に、私は頷くしかなかった。そうだ、あの時もスコーピウスは私の謝罪も感謝も受け取らなかった。思い出せば思い出すだけイライラした。

「スリザリン野郎なんか放っておけよ。関わるといいこと無いんだって」
「ジェームズ、それはあなたがスリザリンに負けたってことでしょ?」

ローズが痛烈に言い放った。ジェームズは勢いよく鼻をかんだ。





ジェームズの言った通りだ。スコーピウスのことなんか気にしないようにしなくちゃ。それだけじゃない、もう金輪際関わらない。そう決めてからは徹底的に、スコーピウスと目を合わすことすらやめた。魔法薬の授業でもだ。板書を写し、スコーピウスに渡された材料を淡々と処理する。スコーピウスに小言を言われても返事をせず、ただ手を動かすだけだった。


「おい。つまりは、」

二月の中頃の授業でとうとうスコーピウスが切れた。材料を持った私の右手首を掴み、スコーピウスはこめかみをピクピクさせていた。彼がジギタリスの絞り汁を用意するよう言いつけ、私が無言で従っている最中だった。


「僕を無視してるっていうのか?君が?」

スコーピウスの実際のセリフはこうだが、まるで「君ごときが」とか「君の分際で」とか言っているように聞こえた。冷淡な言葉の端々に怒りが感じられたけど、私は毅然とした態度で臨んだ。私の方がスコーピウスよりもっともっと切れてる。

「無視なんてしてない。ちゃんと言われた通りやってるでしょ?」
「してるだろ!僕が指示してやってるのに、返事もしない!」
「返事なんて要るの?いつも私が謝ったってまともに取り合わないくせに!」
「そうか、そういうことなんだな」


スコーピウスは私をジロッと睨み付けた。一瞬、悪いことをしているような後ろめたい気持ちになったが、ここで引いてはダメだと自分に言い聞かせた。

「いいか、僕に過失は無い!君がいじけるのは幼稚なことだと自覚しろ!」
「あなたを責めてなんかないでしょ?言いがかりはやめて!」
「じゃあその態度は何なんだ!」
「さあ、被害妄想じゃない?」


この反抗的な姿勢は彼のプライドを存分に逆撫でしたようだった。スコーピウスは口角をヒクつかせると、私が寄越した絞り汁を手の甲で弾いた。絞り汁は私のローブにべっとりとかかった。

「何するのよ!」

私の叫びを無視してスコーピウスは作業に戻った。何なの?私と同じことをするつもりなの?そっちがその気ならと、私はスコーピウスの肘を思いっきり引っ張った。スコーピウスの手元が狂い、彼が均等に分けた粉末の山が全てなし崩しになった。

「やったな!」

スコーピウスが麺棒を作業机に叩きつけた。派手な音がして、近くの机のニーナが悲鳴をあげた。スコーピウスは私を作業机から押し出すように、私の肩に自分の肩を寄せてぐいぐい押した。私も負けじと足を踏ん張って押し返す。双方歯を食いしばり、あらん限りの力で相手の場所を圧迫しようとしていた。私はジリジリと押されていたが、作業机にしがみついて応戦した。


「き、君たち!何をしているんだ!」

ついにスラグホーン先生が事態に気付いたが、私たちは攻撃の手を緩めなかった。気を抜いたが最後だとお互い分かっていた。

「止めなさい!止めなさい!ええい、グリフィンドールとスリザリンはそれぞれ10点減点!」






「こんなに長い間、一体全体何をしているのよ?」

私を中庭近くの柱に追い詰めて、ローズは厳しく言った。私はバツが悪くて手をもじもじさせた。私とスコーピウスの地味な嫌がらせという名の攻防は、あの授業から延々と出会う度に続いていた。三月だと言うのに風はまだまだ冷たく、ローズも私もマフラーを巻いていた。


「はっきり言っていい迷惑だわ。あなたたち、先週また魔法薬で減点されたわね」
「ごめん・・・」
「子どもっぽ過ぎるわよ。ジゼル、もうマルフォイを怒っていないくせに」
「うん・・・」


まさにそうだった。先月末にはさすがにスコーピウスへの怒りも引いてしまっていて、もはや意地だけで彼に張り合っていた。自分の怒りが持続しないのが情けなかった。スコーピウスに関わらないと決めた強い気持ちも揺らいでいる。正直、出会い頭に喧嘩するのは辛かった。

「まあ、その性格があなたのいいところでもあるけどね」

ローズが困ったように笑った。そしてふと柱越しに向こう側を見た。

「あら、バーチェット先生だわ。ちょっと先に戻ってて、質問があるの・・・」
「あ、うん・・・」


ローズを見送ってから、私は近くの木陰に腰を下ろした。そっと目を閉じてみる。スコーピウスとの膠着状態で神経がとても参っていた。誰かとこんな風に喧嘩したことは無かった。いいもんじゃないな、と痛感していた。


スコーピウスはどうかな。まだ私に怒っているだろうか。確かに彼にとっては理不尽なことかもしれない。私が勝手に八つ当たりしているみたいに思われてるのかも。でも仕方ないでしょ。すごくすごく悲しかったんだから・・・・・・



どのくらいの時間が経ったのだろうか。カシャッという謎の音が聞こえ、私は目をしばたいた。いつの間にかうたた寝してしまっていたようだった。それにしても今の音は何だろう。辺りを見渡した私は愕然とした。

側にスコーピウスが私を見下ろすようにして立っていた。いつかの小型のカメラを持っている。スコーピウスは私が気が付いたことに少し目を見張ったようだったが、すぐにニヤリと冷ややかな笑いを浮かべた。


「やあ。さすが、寝顔も間抜けだったよ」
「えっ・・・なっ・・・!」

うそ、私の顔を撮ったの!?私はびっくり仰天して慌てて立ち上がった。嫌だ、完璧に寝てたのに!!顔から火が出そうだった。本当なら最悪どころではない。

「う、嘘でしょ?ちょっとカメラ貸してよ!」
「やだね、僕のだ」
「勝手に撮るなんてひどい!」
「元はと言えば君が悪い」

スコーピウスはますます愉快そうに笑いを広げた。私は手を伸ばしてカメラを取り上げようとしたが届かなかった。

「これを現像して学校にバラまいてやるのはどうだろう。いいアイデアだと思わない?」
「やだ、やめて、消してよ!」
「悔しかったら奪ってみたら」


スコーピウスはそう言って走り出した。私は無我夢中でその後を追った。冗談じゃない、そんなことになったら学校中の笑い者だ。自分の寝顔がどんなに間抜けか考えただけでぞっとした。しかしスコーピウスの足は速かった。どんどん差が開いていく。

「やめて!やめてったら!」

全速力で廊下を走る私たちを見て、他の生徒が何事かと振り返った。恥ずかしい。だけどこのままじゃもっと恥ずかしいことになる。私は息も絶え絶えだったが、スコーピウスはまだ薄ら笑いを浮かべていた。たまに余裕そうに私の方を見やった。


「もうおしまい?そんなんじゃあ一生かかっても奪えないよ、カメラ」
「ま・・・・・・待って・・・・・・」
「誰が待ってやると―――」


スコーピウスの高笑いが突如止まった。それどころか彼はその場に立ち止まった。チャンスとばかりに速度を上げたが、スコーピウスの表情まで分かる距離に来たとき、私も立ち止まって絶句した。


そこにいたのは生徒の嫌われ者、管理人のアーガス・フィルチだった。フィルチはニタニタ笑ってスコーピウスの腕を捕まえていた。スコーピウスは無表情だった。

「追いかけっこかい?お二人さん」
「放せ」

スコーピウスは果敢にも息を切らしながらフィルチを睨み上げた。だがフィルチはいやらしい笑顔を崩さない。

「おや、坊やは年上への口の利き方も知らないようだ。ついでに廊下をドタバタ走るなという規則もな」
「バカな、走るくらいみんなやってる!」
「残念だったな、俺にぶつかった時点でお前は規則違反確定だ」


納得いっていない表情のスコーピウスのカメラをヒョイと取り上げ、フィルチは言った。

「そうだな、礼儀の欠如は大きな問題だ。これは没収するとしよう」



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