ホロスコープ1 | ナノ


「困るよママ!」

車に乗り込もうとしているママに向かって情けない声で叫んだ。スコーピウスにプレゼントなんて、突拍子も無さすぎる。第一、彼が受け取るはずもない。

「あら、どうして?」
「それは・・・ほら、私今アメリカにいることになってるでしょ?旅費がかさむから夏休みにしか帰らないって言ってあるし、もし買い物中に知ってる人に見られたら・・・」


マグルの知り合いには私が魔女であることもホグワーツという魔法学校に通っていることも秘密にしている。言い訳として考えたのが、アメリカへの留学だ。だから冬の休暇は出来る限り家から出ないつもりだったのに。

ママは私のトランクを持ち上げるパパを手伝いながら、フフッと春風のように笑った。

「大丈夫よ、私たちがクリスマスに帰省させたって言えばいいわ。それより早く車に乗って」
「あっ、ちょ・・・」

有無を言わせぬ力で車に押し込まれ、どうしたらいいか分からなくなってしまった。パパは運転席に、ママは私と後部座席に座り、車は緩やかに動き出した。基本的にこうなったママは止まらない。ローズやアルバスが聞いたらなんて言うかな。ジェームズは爆笑だろうな・・・。


「それで、彼はどんな物が好きなの?どうして今年の休暇はこんなに遅めなのかしら、明日はもうイブだし、めぼしい物が売り切れてないといいけど・・・」

ママの質問に言い淀んだ。スコーピウスの好きなものなんて全く知らない。思考回路をフル回転させ、彼の家からふくろうで送られてきたものたちに思い至った。

「お菓子と・・・カメラ?」
「お菓子?それならいいお店があるわ。近場に新しくできたケーキ屋さんがすごく美味しいの。カメラは・・・」
「フォトアルバムなんかいいんじゃないか。君、前にお気に入りの雑貨屋があると言っていたじゃないか」

運転中のパパが前を向いたまま言った。

「ああそうね、それがいいわ!どちらも近くで買えるし、助かるわ」
「ねえ、待ってってば!」

私は慌てて二人の会話を遮った。もう話がまとまりかけていることに恐怖を感じた。だけど、スコーピウスは純血主義だから私たち家族からの贈り物なんて気に入らないだろう、だなんて、マグルのパパやマグル生まれのママの前ではとても言えなかった。

「いや・・・そもそも私、彼に好かれてないの。私がいつもヘマばかりするから」
「ジゼル、そういうことじゃないの」

ママが真剣な表情で私の手を握った。

「どういう関係であれ、彼はあなたの命を救ってくれたのでしょう?その彼にママたちがお礼をしないのは不誠実だわ」
「でも・・・」
「物で返せばいい、なんて思わないけれど、時期的にこれがちょうどいいものね。駅で一言お礼が言えれば良かったけれど、出来なかったし」

ママの真摯な言葉に何も言い返せなかった。私を助けてくれたときの、スコーピウスの歯を食いしばったつらそうな顔が脳裏をよぎった。

信号で車が止まり、パパが肩越しにこちらを振り返った。

「その彼・・・ええっと、なんて名前なんだい?」
「スコーピウスよ」

姓を言うのはやめておいた。ママならマルフォイという家を知っていそうだし、本当にスコーピウスの家が闇の魔術に関わる家なら、二人の不安を煽るかもしれないと思った。

「そうか。で、そのスコーピウスくん以外の友達へのプレゼントはいいのかい?」
「うん。それは学校で注文したの。ママが知ってるよ」


クリスマスが近付くと、ホグワーツにはダイアゴン横丁やホグズミートにあるたくさんのお店から通信販売の注文書がわんさか届く。生徒はその注文書を使ったり、希望の店の物が無ければ取り寄せたり、はたまたふくろう通信販売に頼ったりしてプレゼントを選ぶのだ。お店にとってもホグワーツの生徒は大事な顧客だ。注文書をお店に送ると、大体の場合そのお店が配達までしてくれる。今回私は支払いをママに頼んだが、自分のお小遣いから払うことも可能だ。


「懐かしいわ、ママもそうやってプレゼントを選んでた」

ママはたいそう楽しそうだった。生来、人を喜ばせるのが好きなのだ。

「友達のエリザがしつこい癖毛に悩んでたから、評判の『スリーク・イージーの直毛薬』を贈ったこともあったわ。ただ酷かったのが、他の友達三人も彼女に同じ物を買っていたのよ」




スコーピウスへのプレゼントを買う最中、私は自分の顔がどんどん引きつっていくのをはっきり感じた。ママが選んだお菓子の詰め合わせは一言で言うと「ファンシー」だったし、小型のフォトアルバムは色味こそ優しいサックスブルーだったが、細かいレースの装飾はまるで女子向けだ。

「これが一番いいのよ」

ママはそう言って譲らなかった。

「この詰め合わせが一番美味しくて人気だし。アルバムも一番機能的よ。それにこれくらいの細かいレース、男の子が持っていたって不自然じゃないわ」
「諦めなさい。こういうことではママの選択は信用出来るから」

パパも全面的に満足している素振りだった。最も、パパは贈り物のセンスなんて無いに等しいからいつもママ任せだ。

確かに普通の11、12歳の男の子に贈るなら問題無いだろう。しかし相手はスコーピウスだ。彼の家はおそらくお金持ちだし、物の価値観が違うおそれもある。だがそんな惨めなことも言えず、車はあっという間に家まで着いてしまった。


久しぶりの我が家は夏に出たときと同じ、ママの選んだポプリの香りで満たされていた。ただ、今は玄関にリースが、そしてリビングには装飾済みのクリスマスツリーが鎮座していた。私は自宅に帰ってきた安心感でいっぱいだったが、ママは慌ただしく廊下を突っ切り、レターセットとペンを持って現れた。

「何をするの?」
「友達に手紙を書くの。うちにはふくろうがいないから、貸して下さいってね。サラの家のふくろうがいるといいけど。あの子が一番大きいわ」

ママは走り書きの手紙を書くと、その紙を折って紙飛行機を作った。そして持っていた杖でチョンとつつくと、紙飛行機はみるみる透明になった。

「目くらまし呪文よ」

ママが私に優しく言った。キッチンの方からパパが恐々とママの杖を眺めている。ママは窓を開け、手にしている(らしき)紙飛行機をスウッと飛ばした。

「サラの家は遠くないし、すぐ着くと思うわ。ジゼルもスコーピウスくんにカードを書かなきゃ」

ママは私に何も書かれていないカードを渡し、私のトランクを片付けに向かった。残された私はたった今目の前で行われた魔法に感動していた。自分にはまだ出来ない呪文だった。


私は10歳のとき、気に入らない服の色を変えてしまったことで自分が魔女だと知った。それまで私はママが魔女だということさえ知らずにいた。私が魔女ではなかった場合を考え、ママが隠していたからだ。ママは10年間、私の前で全く魔法を使わなかった。

カミングアウトされてから、私はママが魔法を使うのを見るたび感激した。パパも似たようなものだ。パパはもちろんママが魔女だと知っていたけど、今でも魔法を目にすると手品でも見ているような神妙な面持ちになる。パパにとっては何年経っても、魔法は自分と縁の無い不可思議なものなのだろう。


「さてと・・・」

問題はこのカードだ。スコーピウスに、一体なんて書けばいい?「こんなものを送りつけてごめんなさい。迷惑でしょうけど、両親に言われて仕方なく・・・」・・・最初に浮かんだ文面はこうだったけど、これじゃあさすがにママに申し訳ない。受け取ったスコーピウスだって胸糞悪くなりそうだ。


スコーピウスのことを考えてみた。一見人形のような容姿で、面差しはため息が出るほど美しい。その実、性格はきつく神経質。彼との思い出と言えば、やはり私には苦い記憶である魔法薬と飛行訓練だ。悩んだ末、私は「いつも助けてくれてありがとう。メリークリスマス」とだけ書いて署名をした。


ほど無く大きなワシミミズクが風を切って現れ、窓辺にサッと行儀よく止まった。プレゼントとカードを足に結わえながら、私はママたちに聞こえないようにそっとふくろうに囁いた。

「スコーピウス・マルフォイにお願い。あっでも、本人が受け取り拒否したらどこかに捨ててきてくれない?」

了解したのかは分からないがワシミミズクは小さく「ホー」と鳴き、夕日の色をした空に飛び立っていった。



イブは忙しく、クリスマスの朝までプレゼントのことなんてすっかり忘れていた。ホグワーツにいた間もマグルの世界は刻々と変化していて、私はパソコンで好きなアーティストの新しい楽曲を調べたり、充電して復活した携帯電話をいじり倒すのに夢中になっていた。学校にいる間は友達にメールを返せないことになっているので、みんなの近況を確かめるのにはブログが便利だった。


クリスマスの日、起きてダイニングに行くと、ママとパパが笑いながら待っていた。

「お寝坊さんね。届いたプレゼント、ツリーのところに置いておいたわ」
「それとパパたちからのプレゼントだよ。メリークリスマス!」

パパたちのプレゼントは新しい靴だった。ホグワーツでも履けそうな、光沢のある黒い可愛い靴だ。両親にしっかりお礼を言ってキスした後、私は他のプレゼントを開封する作業に取りかかった。


ローズからのプレゼントは分厚いハードカバーの小説だった。アルバスからはWWWの商品と思われる怪しげな包みで、パパがいる前で開けるのはよした。ジェームズのプレゼントはクィディッチの漫画で、しばらく作業を中断して読みふけったが、いくらも読まないうちにその主人公は天才的なチェイサーの才能を持った人物だと分かった。


マグルの友達からのプレゼントも届いていた。CDや私の好みの俳優が出ている雑誌の束を脇に寄せていくと、一番下に、綺麗にラッピングされた小さな包みがあることに気付いた。ちょうど、薬局で売っている風邪薬の箱くらいの大きさだ。

ドクンと奇妙な胸騒ぎがした。ゆっくりと包装紙を剥がしていく。裸になった紺色の箱を開けると、中は同じ紺のベルベット生地が敷いてあった。その真ん中に、銀の飾りボタンのようなものが五つ、縦に並んで収まっている。箱つきの指輪のような雰囲気だ。

「あら、あら!」

側に来ていたママが大きな声をあげた。

「それ、ダイアゴン横丁で一番高級な菓子店の人気商品よ!そのボタンみたいなチョコ一つが一ガリオンするの!」
「え・・・えええ!?じゃあこれは全部で五ガリオン!?」

シンプルだがとんだ高級品だった。驚愕した私は開けた箱の上蓋を取り落とした。すると、白いカードが一枚、上蓋からすべり落ちた。裏に貼り付いていたようだ。



「要らぬお節介のお返しに」



カードに書いてあった細い文字に心臓が止まりそうになった。名前は無い。でも誰からの贈り物かは直感で分かった。


「ママ!このプレゼント、サラさんのワシミミズクが運んで来たの!?」

急いで訊ねるとママは首を横に振った。

「いいえ。実はそれ、一番に届いたの。サラのとは違うミミズクだったわ。すぐに帰ってしまったけれど・・・サラのふくろうが帰ってきたのはその随分後よ」


信じられなかった。じゃあ、このプレゼントは、お菓子とアルバムのお返しではないのだ・・・。それが届く前から、彼は・・・


私は目を見開きながら、風邪薬の大きさのその贈り物をぎゅっと抱き締めた。そんな私を、ママは不思議そうに見つめていた。


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