ホロスコープ1 | ナノ
「ジゼル、これのもう片方見なかった?」
背後からの声に振り返ると、ニーナがベッドの上でピンク色のふわふわした靴下を掲げていた。私が首を横に振ると彼女は残念そうにため息をつき、高く詰まれた衣類の山をまた引っかき回し始めた。明日からクリスマス休暇。家に帰る生徒はみなトランクの荷造りに追われていた。
「もうクリスマスなのね。私、この半年弱で自分が何も学べてないような気がするわ」
おそらく同級の誰よりも多くを学んだローズが悲しい顔でそう言った。言い返す気も起きなかった。彼女はもう帰り支度を済ませ、休暇中の宿題を確認していた。どの教科もレポート課題がドッサリ出されている。
これから待ちに待った休暇だというのに、ローズのように勉強のことばかり考えたくない。私は我が家でのクリスマスディナーに想いを馳せた。でも、ホグワーツの食事だってきっと豪華に違いない。この先、一回くらいクリスマス休暇にホグワーツに残ってもいいかもしれない。年度末に大きな試験を控えた五年生と七年生の有志以外で、学校に残る生徒は少なかった。
ホグズミードからロンドンへの汽車の旅は、行きとはうって変わって楽しい時間だった。ローズとアルバスと同じコンパートメントで、車内販売のお菓子をつまみながら今までにもらったクリスマスプレゼントの話をしていると、休暇で二人に会えなくなるのが惜しく思えるくらいだった。二人は親戚が多いので、いつもプレゼントがすごい量になるそうだ。
「僕たちのおじさんがね、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズの店主なんだよ。だからプレゼントに毎年商品をくれるんだ」
と嬉しそうに言ったアルバスは、私が「それなに?」と返したので唖然とした。
「君、WWW知らないの?ほら、みんな使ってるじゃないか!ズル休みスナックボックスとか!」
「ああ、悪戯専門店なんだね」
「そうだよ、店に行ったことないの?今までにダイアゴン横町に行った回数は?」
「一回・・・」
「うわああ・・・」
二人がまじまじと見つめてくるので居心地が悪かった。ダイアゴン横町に行ったのは教科書等の学用品を買うための一回ぽっきりだ。というのもその最初の一回目でベロンベロンに酔っ払った魔法戦士に絡まれ、始終怖くて嫌な気持ちでいたからだった。
「すごく勿体ないわよ。WWWもだけど、素敵なお店がたくさんあるのに。今度一緒に行きましょ」
「うん・・・」
ローズの言葉にそろそろと頷いた。来年の夏はまた教科書や道具を買いに行かなくてはならない。一人で行く勇気は無かった。それにママと行くより、ローズやアルバスとの方が楽しいかもしれない。
「冬休みはロージィもアルも自分の家で過ごすの?」
「ええ、だいたいね。たまに父方のおじいちゃんたちの家にお邪魔するけど。魔法使いの家だから、煙突飛行で簡単に行けるじゃない?」
「煙突飛行??」
「暖炉を通って移動するんだよ。煤だらけになるんだ」
二人の話によると、煙突飛行ネットワークで結ばれた暖炉同士ならひとっとびで行き来できるということだ。今まで聞いた魔法界特有の風習の中でもとびきり素敵だと思った。惜しむらくは、ロンドンの我が家には暖炉が無いことだった。暖炉を作るって、いくらかかるんだろう。私の少ないお小遣いでは絶対に不可能だ。
キングス・クロス駅には小雪が舞っていた。かじかむ手にミトンをつけ、私たちは9と3/4番線を出る順番を待った。やっと柱を通り抜けると、そこは大勢の帰省客とそれを迎える家族でごった返していた。しかしホグワーツ生の家族はだいたい見分けられる。まず子どもがふくろうの入った鳥かごを抱えているケースが多いし、中にはマグルにしては珍妙な服装をしている人もいるからだ。
「アル!」
「ロージィ!」
親を探してキョロキョロしていた二人の顔が輝いた。二人の元に駆け寄って来たのは、たっぷりした栗色の髪の女性と、サラサラの赤毛の女性だ。赤毛の女性の横には先に出ていたジェームズがいた。アルバスのお母さんだ。
「ママ!」
「ママ、パパたちは?」
「外の車にいるわ。ロンがちょっとやらかしちゃって、ハリーが仲介してくれてるの」
栗色の髪の女性・・・ローズのママが険しい顔をした。表情がローズにそっくりだ。
「パパが何をしたの?」
「路上駐車よ。ママが先に降りたんだけど、いつまで経っても来ないから引き返してみれば・・・」
「もういい年なのに、適当な性格が直らないのね!」
アルバスたちのママがフンッと鼻を鳴らした。確か、彼らの母親はローズの父親の妹のはずだ。ウィーズリーの複雑な家系図を必死に思い起こそうとしていると、ローズのお母さんが私に気付いた。
「あら、そちらは?」
「手紙で書いた、友達のジゼル・シモンズよ、ママ!」
「は、初めまして・・・!」
私は緊張気味に頭を下げた。ママの友達の魔女にニ、三人会ったことはあるけど、やっぱりドキドキする。どちらのお母さんもとても感じのよい人で、それぞれ「手紙で聞いてるわ、子どもと仲良くしてくれてありがとう。いつでも家に遊びに来てね」という旨のことを優しく言ってくれた。
「ジゼル、ご両親まだ見えないの?」
ローズが心配そうに言った。私の両親の姿はどちらも見当たらなかった。
「そうみたい」
「いらっしゃるまで私たちといる?」
「ううん、大丈夫。車でお父さんが待ってるんでしょ。早く顔見せてあげなきゃ」
「そう?じゃあ・・・」
最後にローズ、アルバス、ジェームズと抱き合って、それから五人とさよならをした。姿が見えなくなるまで見送った後、私は駅の柱にもたれかかった。
二人には正確な時間を伝えている。そのうち来るだろう。両親が予定の時間に遅れるのはよくあることだった。共働きで、パパはバリバリの会社勤めだし、ママは魔法界でもマグル界でも仕事をしている。幼い頃からのことだし、キングス・クロス駅にも何回も来たことがある。だから不安は無かった。ただほんの少し、手持ちぶさただった。
「あ、」
おそらく最後に9と3/4番線を出た組だろう。トランクを引きずりながら、スコーピウスとエディ・ウェーバー、ジョズ・ヘンリーが姿を現したところだった。
スコーピウスが制服以外の物を着ているのは初めて見る。首まである黒いシックなダブルボタンのコートが、高貴な雰囲気によく合っていた。ヘンリーはよく見えなかったが、ウェーバーはボルドーのショートコートを着ている。
三人はその場で手短な挨拶を交わして方々に散った。スコーピウスが腕時計を見ながら私のいる方向に歩いてくる。動くことも出来ずじっとしていると、顔を上げたスコーピウスと目が合った。
メリークリスマスと言うべきだろうか・・・でも私が口を開く前に、スコーピウスが勝ち誇ったような顔で笑った。
「親が来なくて待ちぼうけ、か」
「来るわよ。ちょっと遅れてるだけ」
「正直なところ、君には学校に残って魔法薬の補習なりなんなり受けて欲しかったよ。来学期も散々で僕の成績に響いたらどうしてくれるんだい?」
「スラグホーン先生は補習なんてしたことないでしょ」
「そりゃあね。あの人も年だし、いい加減辞めたいと思っているんだろう。そうしてくれると非常に助かるんだが。次の先生はペアで実習させるなんてバカなことを言い出さないかもしれないだろう?」
スコーピウスのうんざりしたような喋り方は芝居がかっていた。スラグホーン先生はスリザリンの寮監だ。確かに相当の年で、噂によると辞めるタイミングが分からなくなってやきもきしているらしい。
「スラグホーン先生が嫌いなの?私はグリフィンドールの寮監のバーチェット先生、好きだけどな」
「好きか嫌いかじゃない。成績を公平につけるかどうかだ。スラグホーンは贔屓癖がある。このままじゃ君のせいで僕が損をしかねない」
「・・・・・・」
否定出来ないのが惨めだった。こんなことが話したいんじゃないのに。今のスコーピウスは健康そのものに見えた。風邪、治ったんだ。私のあげた薬飲んだかな。多分飲んではいないだろう。それでも元気な姿を見れてホッとした。思わず小さく笑うと、スコーピウスは怪訝な顔をした。
「なんなんだ?・・・あっ父上!」
スコーピウスは私に一度だけ向き直り、ジロッと見たあと、何も言わず両親の元に歩いて行った。急いで「メリークリスマス!」と叫んだがスコーピウスは振り返らなかった。彼の両親らしき人はかなり遠くにいたが、スコーピウスと同じ輝くプラチナブロンドの頭が見えた気がした。
「ジゼル!」
「ママ!」
やっと聞けた懐かしい声に気持ちが高揚した。数ヶ月ぶりに見るママとパパが、慌ただしくこちらに駆けてくるところだった。
「ママ!パパ!」
「ジゼル、お帰り。元気だったかい?」
ママとパパに勢いよく抱き着くと、パパが頭を撫でてくれた。パパは仕事用のスーツ姿だった。ママは屈んで私と目の高さを合わせ、ニッコリした。
「ごめんなさいね、遅れてしまって。寂しかったでしょう?」
「平気。学校の人と話してたから。手紙に書いたローズやアルバス、分かる?」
「分かるわ」
「さっき二人の家族に会ったんだよ」
「えっ」
ママは一瞬目を見開いた。
「ハリー・ポッターに会ったの?」
「ううん、二人ともお母さんだけだった。お父さんは車だって・・・」
「そう・・・」
ママはまた柔らかく微笑んだ。そっか、アルバスやジェームズのお父さんのハリー・ポッターは超がつく有名人なんだった。ママは在学期間も少し被ってるし、会ったこともあるのかも。
会話の流れが読めずにソワソワしていたパパが「ああ、」と声をあげた。
「パパたちが来る前に話していたブロンドの子、彼がアルバスかい?一人でいたジゼルの相手をしていてくれたんだね?」
「あー・・・彼はね・・・」
スコーピウスのことは手紙に書いていなかった。私に冷たく当たる男の子のことなんて書いてもしょうがないと思ったし、告げ口しているみたいで嫌だった。パパの発言には吹き出しそうになった。スコーピウスが私を慰めるためにいただなんて、万に一つもあり得ない。二人への紹介の仕方に困った。
「彼はアルバスじゃないよ。でも私を助けてくれた人っていうか」
「助けた?」
「うん。魔法薬でも助けてくれたし、箒から落ちたときも・・・」
「箒から落ちた??」
パパとママが真っ青になったのを見て「しまった!」と思ったが、もう遅かった。実は無駄な心配をかけないようにと、箒から落ちたことも知らせていなかったのだ。すっかり忘れていた。
「ほ、箒から落ちたってどういうことだ!?怪我したのか!?」
「大丈夫だよ、さっきの彼が助けてくれたから・・・」
「本当なの?大変だわ。私たちからもお礼をしなくちゃ・・・ジゼル、その子にはクリスマスプレゼントに何を送ったの?」
「えっ・・・それは・・・」
ママの気迫で言葉に詰まった。もちろんスコーピウスにプレゼントなんて考えたこともない。
「それは・・・まだ・・・」
「まあ!いい?ジゼル、そういうことはきちんとしなくちゃ。そうね、今日の夕方にふくろうを飛ばせばまだ間に合うかもしれないわ。帰りに彼へのプレゼントを選びましょう」
「ええっ!?」
「そうとなったらゆっくりしてられないわ。行くわよ!」
「ちょっと、ママ・・・!」
ママは私の手を取って力強く歩き始めた。その後ろをトランクを引いたパパが大股で追いかけてくる。と、とんでもないことになってしまった・・・。