ホロスコープ1 | ナノ


ホグワーツで過ごす初めてのハロウィーンはそれはそれは忘れられない記憶になった。フリットウィック先生が魔法をかけ、ランタン用にくり貫かれたカボチャはキンキン声で陽気な歌を歌った。ディナーも豪勢で、寮に戻るときには今までに無いくらい腹が膨れていて気分が悪くなったほどだ。

魔法使いにはトリック・オア・トリートの認識がほとんど無いようだった。うっかり教えてしまったせいで、調子に乗ったジェームズが特攻隊長になり、お菓子を出さなければイタズラを仕掛ける悪ふざけがグリフィンドールで流行した。ただしここでの悪ふざけとは間違いなく勉強したての魔法の類いであり、うっかりタチの悪い呪いを受けた生徒が何人も医務室に直行した。


「ジェームズに教えたのは間違いだったわよ」

ローズの声に咎めるような響きがあった。ローズも最初はお菓子のやりとりを楽しんでいたが、今では事態が彼女の勉学を妨げるほどの騒音になったからだ。私は何も言わずアルバスを睨んだ。アルバスはその視線を受け流すかのごとくあらぬ方向を見つめた。私はジェームズに直接は言わなかった。ポッター兄弟はやはり似ていた。


そして初めて観戦したクィディッチも凄かった。グリフィンドールの緒戦はハッフルパフだったが、シーカーの質はハッフルパフの方が確実に良かった。グリフィンドールがスニッチを取れたのは相手のシーカーが太陽に目を眩ませたからに他ならない。

だが勝負自体はグリフィンドールの圧勝だった。見事チームのチェイサーとなったジェームズは水を得た魚だった。一人で十四回もゴールを決め、声援を欲しいままにしたジェームズは、喜びながらふて腐れるという高度な顔芸をこなすアルバスを見てニヤニヤした。

「僻むな僻むな。これでお前がチームに入るときのハードルも上がるな」
「僕はシーカー希望だ!」
「精神的ハードルに決まってるだろ?それとも何か?チェイサーなら絶対僕に勝てないって思った?」
「なんだと!?」

唸り声を上げたアルバスの拳を軽々かわし、ジェームズはすたこらさっさとチームのメンバーの元に走って行った。



11月になるとみんなクリスマス休暇を待ち遠しく思い始めていた。なにしろ授業がどんどんハードになっていたからだ。あの丁寧で優しいバーチェット先生の授業でさえ、楽なのは最初だけだった。先生は少しずつ少しずつ課題の難易度を上げるのが本当に上手だった。

「反対呪文をやるのはまだ先です。ですからその前に、皆さんには呪文についての理解を深め、それを食らわないようにしていただかなくてはならないわけですね」

バーチェット先生はエクボを見せながらそう言って、「おしゃべりの呪い」を捕獲して縛り上げた庭小人にかけて見せた。キーキーと絶え間なく喚き続ける声が実に不快で、見慣れているはずのローズやアルバスまでゾッとした表情を浮かべた。先生は杖の一振りで呪いを解き、がらがら声になった庭小人を見て何事も無かったようにニッコリしたので、生徒たちはむしろ先生を恐ろしく思った。


変身術と妖精の呪文は比較的好きな教科になっていた。少なくとも今は怖い体験はせずに済んでいるし、自分一人集中すればいいのが楽だった。特に変身術の生き物を無機物に変える授業は先生に褒められることも多かった。凝ったデザインに変えるのが好きだったからだ。

「これ、私が欲しいくらいだわ!」

私がコガネムシから変身させたボタンを手に取って、ローズが嬉しそうに言った。細かい装飾の模様が掘られたくるみボタンだ。私は感動やら動揺やらで言葉に詰まっていた。

「ジゼルはこういうセンスがすーばらしいのね!お母さまの影響かしら」
「そんなことないよ・・・」
「絶対いい勘してるわよ。ベティのを見て。歩いてるわ」

ローズは私の耳元で囁いた。すぐ後ろの席のベティのボタンには確かに足があった。と言うより潰れて平たくなったコガネムシそのものだ。ベティのことは好きだったが、スッキリした気持ちにならないでいる方が無理だった。入学以来、ようやく自分の得意科目と言える科目が見つかった気がした。




薬草学で使う水は氷のように冷たいし、天文学の夜空の観察では凍えるような風に耐えなければならなかったが、それより何より暗い地下室での魔法薬学の時間が一番寒々しい心地がした。手がかじかむのは死活問題だった。作業をしくじれば隣から強烈なヤジが飛んでくるのは分かりきっていた。

月末のその授業も、私はドキドキしながら席についた。隣にはスコーピウスがもう座っていた。髪型を少し変えて前髪を斜めに流している。スコーピウスは私を一瞥して僅かに眉をつり上げ、握った手を口元に当てて咳払いをした。胃が縮む思いだった。

作業が始まるといつも通りスコーピウスは刻んだり潰したりする材料を私の方に押しやり、自分は計器を使う細やかな仕事を進めていた。私が「ありがとう」と言ってもツンとソッポを向くだけだった。私は萎び無花果を悲しい気持ちで裂いた。

細心の注意を払う必要があるので、この授業はかなり疲れる。今日は手が滑りそうになる度にスコーピウスの咳が聞こえてきたのでことさらのプレッシャーだった。

チラッと他のテーブルを見た。ローズとスリザリン女子は初めこそギスギスしていたものの、今では自然な協力体制が整っていた。スリザリン女子が「ローズについていけば間違いはない」と確信したせいではないかと思われた。一方のアルバスはスコーピウスの取り巻きのジョズ・ヘンリーとで、ヘンリーの注意がすぐ他に逸れるのでしょっちゅうアルバスが諭していたが、見方によっては微笑ましい光景だった。


ちょっと羨ましく思いながら、今度はスコーピウスを横目で盗み見た。真剣な眼差しだ。垂れたプラチナブロンドの隙間から、灰色の目がスッと細められるのが見えた。肌は蒼白く、薄い唇は淡い桜色で、スコーピウスはひどく儚げだった。尖った顎までのラインがほっそりしていて、少女のようだ。寝室で女の子たちとした会話がフラッシュバックした。吸い寄せられるように見つめていたが、スコーピウスがまた咳をしたので慌てて作業台に向き直った。


しかし・・・・・・今のは本当に私に向けた咳だったのだろうか?なんだか嫌な感じの咳だった。耳を澄ませていると、スコーピウスはまた咳をした。しかも作業前「コホン」だった咳が「ケホッ」に変わっているではないか。

慌ててスコーピウスに目をやった。ちょうどその時、スコーピウスは口を手のひらで覆った。続いて出た咳はもはや「ゲホッゲホッ」だった。


「ス、スコーピウス」
「ん・・・?」

咳を繰り返しながらスコーピウスは私を見た。咳のしすぎか、目尻にうっすら涙が溜まっている。

「作業が終わったのか?」
「や、それはまだ・・・あの、作業じゃなくて。あなた、風邪ひいてない?」
「は?」
「だって、咳・・・」

スコーピウスは何かを言おうとしたが、自らの咳で言葉にはならなかった。

「ほら咳、さっきからひどいよ」
「ただの咳だろ。僕の咳なんか聞いてて作業が終わっていないのか?」
「そういうわけじゃ・・・」
「時間が限られているってこと忘れてないだろうね。君は本当に間抜けで・・・うっ」


ついに身体を折り曲げて咳き込み始めたスコーピウスに、うっかり「今すぐ暖かいベッドで休んでください」と言ってしまいそうになった。自分でもどうしてこんなにスコーピウスを心配に思うのか分からなかった。命を助けてもらったのと、彼の薄幸そうな外見がそうさせるのだろう。

「ねえ、後で医務室に行った方がいいよ。風邪の引きはじめって肝心だし」
「余計なお世話だ。僕が体調管理すらできないと言いたいの?」
「だって咳が辛そうだよ」
「こんな咳くらいで医務室に行くなんてバカげてる。それに今夜の天文学の準備があるしね」
「ええっ、早く寝た方がいいよ!今はすごく寒いし」
「授業があると言ったばかりだ」

スコーピウスは聞く耳もたずだった。私の言うことなんてテコでも聞くもんかという態度だ。私が言ったのが間違いだったんだ。エディ・ウェーバーかジョズ・ヘンリーが先に言っていれば素直に聞いたかもしれないのに・・・。どっちみち今さら二人が忠告したところで私の言った通りには絶対しないだろう。そういう頑固な面があることをこの数ヵ月で知った。


「あっ!」
「今度はなんだ」

ガサゴソと鞄を漁る私を、スコーピウスは怪訝そうに振り返った。私が探していたのはパパから送られてきた荷物だった。目当ての物を取り出すと、私はスコーピウスの左手をぎゅっと握った。スコーピウスが私の右側にいるからだ。


「なっ・・・!」

突然私が自分の手を取ったことに、スコーピウスはぎょっとした。驚きのあまり振り払うことも忘れていた。細く、冷たい手だった。

「なんのつもりだ!」
「これ、取っておいて欲しいの」

そして私は小さな箱をスコーピウスの手に握らせた。スコーピウスの表情が一気に不審そうになる。

「なんだ?」
「風邪薬」
「風邪薬?」
「黙っていても絶対にバレるから言うけど、マグルの薬なの」
「ハッ!」

これ以上の侮辱はない、とでも言いたげにスコーピウスの顔が歪んだ。

「間抜けもここまできたか。僕に、よりによってマグルの薬を渡して、で?なんなんだ?」
「飲んで欲しいの」
「君が飲むべきじゃないかい?頭に効くかもしれないぞ」
「お願い。用法用量を守れば絶対に悪いようにはならないから。私もいつも飲んでたもん。医務室に行きたくないなら。ね、お願い」
「分からないな」

スコーピウスの声にははっきりと苛立ちが滲んでいた。

「君からこんなお節介を受ける義理は無いけど?」
「あるよ!!」

思わず大声が出て、地下室の視線を集めてしまった。静寂はすぐに去ったが、スコーピウスの冷たい目は「君のせいだぞ」と私を責めた。

「さあ、嫌がらせならもうやめろ。授業が終わってしまう」
「ごめん。違うよ、そうじゃなくて・・・」
「僕にとってはそうなんだ。本当になんで・・・」
「・・・私、あなたに助けてもらってすごく感謝してるから、何か力になりたくて・・・」


最後まで言えずに俯いた。どうして分かってくれないんだろう。飛行訓練だけじゃない。スコーピウスにはいつも助けられている。私がスコーピウスといるとビクビクするのは嫌味を言われるからだけじゃない。申し訳なさすぎるからだ・・・。

スコーピウスは大げさなため息をついた。

「それならこの授業でのレベルを上げてくれ。とにかくこんなものは要らない」

スコーピウスは机に風邪薬の箱を置いた。素早く私がそれを掴んで、彼の手のひらに乗せた。箱が再び机に、また手のひらに、机に、手のひら、机、手のひら・・・しまいにはお互いの手の間で押し合うようなかたちになった。はたから見ると掴み合いの喧嘩だ。

「い、ら、な、いって言ってるだろ!!」
「い、や、ですーっ!!」
「僕に渡すのもゴミ箱に捨てるのも同じことだぞ!!」
「それでも・・・っ」


それでも、私の気がずいぶん楽になる。分かっていた。これはただの私の罪滅ぼしという名のエゴだ。

とうとう授業終了の鐘が鳴った。私は渾身の力で箱を押し返した。箱は滑って宙を舞い、空のスコーピウスの大鍋の中に落下した。その隙に私はそそくさと荷物をまとめて地下室を飛び出した。背後からスコーピウスの怒鳴り声が聞こえる。「勝った」と、そう思った。


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