シンデレラ(カカシ) | ナノ


「入ってく?」


背後からいきなりかけられた声にドキリとして振り返った。カカシ先生だ。いつものスーツの上に厚い黒の外套を着て、左手にはそれに見合わない安っぽいビニール傘を持っていた。生徒用の昇降口に、なんでいるんだ。しとしと降る雨音をBGMに、動揺を気取られないようにと自分に言い聞かせた。


「なんのことですか」
「お前傘持ってないんでしょ?さっきからずーっとそこに立ったまま」
「見てたんですか!?」
「見えたんだよ」


右目だけで笑うカカシ先生は「ヨイショ」と言いながらビニール傘を開いた。見慣れたコンビニのシールがついたままだ。


「大丈夫です、止むの待ちます」
「だって予報では夕方から雨降りっぱなしだよ。同じ駅まで行くんだからいいじゃない」
「・・・・・・」
「ホラ寒いから早く入る!」


にやけないように努力して仏頂面を作るのは大変だった。たぶん、私が学校の傘借りるの嫌なんだって分かってたんだろうな。あの管理の先生は不真面目な私を目の敵にしてるからなるべく関わりたくない。いやあの先生だけじゃない、誰だって気に食わないよね、こんなサボり魔。ほんと、カカシ先生って変わってるの。


二人で雨の中に踏み出す。歩くリズムを共有しているのが、たまらなく嬉しい。こんなに至近距離で隣にいるのは初めてだ。魔法をかけてもらったシンデレラの気持ちが分かったような気がした。


「先生、なんか見られてるよ」
「別に平気だよ。教師と生徒だし」

だから見られてるんじゃないかな

カカシ先生とほとんど身体の側面をくっつけるようにして歩く。仄かに香る防虫剤のにおい。コート、出したばっかりなのかな。スリムなデザインが先生のスタイルの良さを際立たせている。


「先生、私の肩濡れそう。先生背が高いんだから、傘が小さすぎるよ。しかもビニールとか」
「オレはね、前に一度盗まれてから傘にお金はかけないって決めてるからね」
「いや知らないから。こんな小さい傘でよく人を誘ったよね」
「あーハイハイ、すまんすまん。じゃーもっとこっち寄りなさいよ」
「うわっ」


信じられない。肩を抱き寄せられた。添えられた手は一瞬で離れたけど、私の頬は先生の胸にぶつかった。なんてことをするんだ。どういうつもりでこんなこと。


「・・・ハタから見たら援交じゃないの」
「えっオレそんな年に見えるの?」
「年齢不詳だけど学生には見えないしそもそも三十路とか完璧におじさんだよ」
「やめて・・・泣いちゃう・・・・・・」


可愛いなあ。可愛いなあ。だけど私の方はこんなにこの人のこと大好きなのに、ツンケンしてばっかりで、可愛いくないだろうなあ。でもだってもし好きだってばれたら、こんな風に優しくしてくれなくなるかもしれないよね。距離を置かれるくらいなら、いつまでも手のかかる可哀想な生徒でいたいよ。


「ていうかお前寒くない?マフラーとか手袋は?」
「濡れるのが嫌でバッグの中」
「あるのはあるんだ」


あっ、無いって言ったら貸してくれたのかな。泣きそう。


「でもそれで寒いんじゃ元も子もないよ。女の子なんだから暖かくしときなさい」
「先生が言うと変態くさい」
「どういう意味かな?・・・脚だってよくもまあそんなに出して。赤くなってるじゃないの」
「スケベ、見ないでくださいー」
「見せないでくださいー」


それから「しょうがない子だね」って言いながら、先生は自分の黒い手袋を私に差し出した。もうやだ、先生私から離れてください。泣いてるの見られたくないから離れてください。患部からじわじわ効いていく薬みたいに、胸がじんじん熱くなる。私がふざけてアナタに抱き着けるようなキャラなら良かった。そういうキャラを作っておけば良かった。表面的な友達さえ誰もいなくて、ましてやじっくり話を聞いてくれる人なんて見たことなかった。だから、アナタが私に目を留めてくれたことが今でも信じられないんです。私にとっての奇跡だったんです。


駅なんて永遠に着かなければいい。有限の時間の魔法なら、時の流れなんて凍ってしまえばいい。それか、アナタに出会えた日から今日までを、何度でも何度でも繰り返したいんです。

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