ハリポタ | ナノ


彼は本来結託すべき同じ寮の人間であるが、私は何の躊躇も無く宣言することが出来る。ドラコ・マルフォイは臆病者で卑怯で自分勝手な、親の権力を盾に威張りくさっているだけの、ろくでなしのボンボンだ。



「だから貴方なんかより私の方が監督生に相応しいわ!」
「なんだって?」

ドラコは鳩に豆鉄砲を食らったような顔をして私を見た。私たち二人の他に誰もいない静まり返った廊下でのことだった。クラッブやゴイルのいない隙を狙い、私が意図的に彼を待ち伏せしたのだ。


「い、いきなり何を言い出すんだ君は!」
「さあその胸の監督生バッチを寄越しなさい今すぐ寄越しなさい」
「やめろ、触るな!」


強引に彼の胸元に手を伸ばすも弾かれる。続いてローブを剥ぎ取るかのごとく鷲掴もうとしたが、すんでのところで避けられた。ドラコは胸を手で覆うように自らの身体をかき抱いた。ブルーグレイの瞳は戦々恐々としていた。

「あら、気持ち悪い格好しないでくれる」
「君がそうさせたんだ!女子のくせになんてことを!恥じらいというものが無いのか!?」
「貴方の前で恥じらって私に何の得があるの?」
「損得勘定で考えるようなことか!?」


プラチナブロンドの髪を乱しつつ、ドラコはたじたじと後ずさる。そんな無様な彼を壁際に追い詰めながら私はニヤリと笑ってみせた。ドラコはなんだかんだで私に強く出られない。いい気味だと思った。

「幼馴染みだからって許されることと許されないことがあるぞ!」
「別に許さなくていいわよ。そのバッチを渡してくれれば」
「出来るわけが無いだろう!それに仮に渡したところで学校に認められるわけでもなし!」
「ドラコ、貴方がスネイプ先生に泣きすがりながら申告するの。僕にはこんな重責はとても耐えられません、僕なんかより彼女の方が万倍適任です、と」
「嫌に決まってるじゃないか!」
「そう、じゃあ言わせるまでね」


ついにドラコの背中が壁にくっついた。逃げ場の無いドラコの尖った顎に素早く杖を突き付ける。ドラコは小さく「ひっ」と声をあげた。

「だ・・・だいたいおかしいだろ、君は女子だ!監督生を代われと言うにしても僕ではなくパンジーに言うのが常識だ!」
「パンジーはいいの。私に従順だから、一緒に監督生をしていても使い途があるもの」
「最低だな・・・」
「貴方が言うの?何様のつもりで?私に意見出来るほど、貴方が賢明だったためしが、これまで一度でもあったかしら?」
「いい加減にしろ」


ドラコは険しい顔で浅く息を吐き、向けられた杖先を払った。

「こんなことをしても無駄だ。状況は変わらない」
「どうしてそんなことが分かるの?ねえ、貴方も知ってるわよね、私が入学してからずっと監督生になるために努力してきたこと」
「ああ」

ドラコは私から目を逸らした。

「知ってるさ。入学前から言っていたな、父親や母親のように自分も監督生になるんだと」
「そうよ。それが両親から課された絶対条件だった。私は毎日のようにそう言われて育ったの」
「それも知ってる」
「お父様やお母様の言う通り、監督生になるために必死で頑張ってきたわ。品行にも気を付けた。苦手な科目もあったけれど、出来る限りのことをしたわ」
「分かってる。君の成績はこの学年で二番だ」
「そう、総点ではグレンジャーに負けていて、両親に咎め立てられたけど、めげずに努力したのよ。次こそは絶対抜いてやるから見ててって言ったわ。頑張ったのよ。両親からの期待を裏切らないよう、一生懸命」
「ああ、君は確実にスリザリンで一番勉強してた。態度もすこぶる真面目だった」
「正解よ。ねえドラコ、それなら思うでしょう?私が監督生になるべきだと。私が誰よりも相応しいと」




「思わない」


ドラコは静かに、しかし決然とした表情で言った。私は即座に杖を構え直し、彼の首筋に押し付けた。ドラコの薄い皮膚の下の血管が脈打つのが伝わってきた。だがドラコは動かない。眼差しだけが哀しげだ。


「君は病気を患った。それも呼吸器系の大病だ。聖マンゴを退院出来たとは言え、まだ絶対安静の君が、監督生をやることが相応しいとは、僕は思わない」


ドラコは一言一言を噛みしめるように言った。私は杖に込めた力を強くした。杖がドラコの肌に食い込み、赤い跡になった。だがドラコは杖を避けようとしない。


「よくも言ってくれたわね」

私はドラコの顔にぐっと顔を寄せた。至近距離にあるドラコの瞳には、凄まじい剣幕の自分が映っていた。なによ、どうしてドラコが辛そうな顔をするの。腹立たしくて仕方ない。何もかもが気に入らない。


「私は平気よ。ピンピンしてるわ!」
「そんなはずあるか。君は四年生のほとんどを聖マンゴで過ごした。進級出来たのだって校長の恩赦以外の何物でもない。現にスネイプ先生は反対した」
「違うわ!学年末試験は受けられなかったけれど、退院してから出された課題は全部こなした!進級するだけの実力があるって認められたのよ」
「そうだ。君の進級を認めた校長が、君を監督生にすることを拒んだんだ!」


私は唇をきつく噛んだ。


「なあに?普段はダンブルドアはもうろくだって散々言ってるくせに、こういう時だけ支持するのね」
「それとこれとは話が違う。それに、君は分かっているはずだ」
「は?」
「教師たちの判断は正しいと。君に監督生は無理だと。だって、君は他の誰でもない僕のところに来たんだから」


私は杖を放り投げてドラコの胸ぐらを掴んだ。ドラコは今度は弾かなかった。ただ、瞳を切なく揺らしているだけだった。

手がわなわなと震えた。ドラコのくせに見透かしたような目をしているのが不愉快だった。彼のネクタイを限界まで締め上げてやろうかとも思った。

だけどドラコと再び目が合った瞬間、ふっと力が抜けた。私はドラコの肩に顔を埋めた。そして握りこぶしで何度も彼の胸を叩いた。ドラコはまた、されるがままだ。


「私が貴方に甘えていると言いたいの?」
「ああ、そうだな」
「・・・貴方に駄々をこねてるだけだって、そう言いたいの?」
「君が寮監でもパンジーでもなく僕のところに来たから、すぐに分かった。もう心の奥では納得して、諦めているんだと」
「そこまで考えていたのにわざわざさっきまでのやり取りをしたの?ドラコのくせに小賢しいわ」
「君が存分に発散する機会が必要だと思った」


ドラコは私の背と頭に手を添えた。そして幼子をあやすように、ゆっくりしたテンポで上げ下げする。私はくぐもった声で呟いた。


「・・・諦めてなんかないわ。諦められるはずないじゃない」
「ああ・・・」
「私が聖マンゴにいる間どんな気持ちだったか分かる?言葉にこそされなかったけれど、両親が時おり覗かせる失望した顔を見て、私がどんなに苛まれたか分かる?」
「・・・・・・」
「『ホグワーツの監督生』はブランドだわ。色んな所で一目置かれる。私が生まれてこのかた、どれだけ呪いのように『監督生になれ』と言われてきたか、貴方なんか千分の一も理解してないのよ」
「そうだな」

ドラコの声も掠れ気味だった。


「それだけじゃない。病気で下手すれば退学になるかもしれないと言われたとき、両親が何て言ったか・・・お金で首席の地位やホグワーツ卒業生の称号を買えないか、校長に持ち掛けたのよ。当然却下されたわ」
「・・・・・・」
「惨めで恥ずかしくてたまらなかった・・・!やっと退院したらしたで、少しでも危険なことは決してやらせてもらえない!飼育学や、薬草学でさえ私は見学とレポート!五年生になってもよ!まるで割れ物扱いだわ!」


堪えきれなくなったみたいに、ドラコはそっと私を抱きしめた。温かかった。その温もりが憎らしかった。気丈でいられなくなりそうだったから。

「みんな君が心配なんだよ」
「うんざりよ!私が何も出来ないと思ってる!あんな簡単な作業もこなせない私が、監督生になんてなれるわけがないと思ってる!」
「そうじゃない」
「ねえドラコ、もう嫌なの」

とうとう熱い涙がドラコのローブを濡らした。

「お父様もお母様も、もう一通も手紙をくれないの。見限られたの。私の努力は全部無駄で、私は失敗作になったの。価値を失くしたのよ」
「違う!」
「本当はパンジーの顔なんて見たくもない。貴方の顔もよ。二人とも消えてしまえばいいのにって」
「それでもいい。それでもいいから、ここにいてくれ」
「聞き分けのいいふりしないでよ!外面ばかりの偽善者ね。貴方なんか大っ嫌いよ!」
「そうか。僕は君が好きだ」


思わずハッと顔を上げた。ドラコは私の髪に口付けるように頭を傾げた。


「君の価値は監督生の称号なんかに収まりきるものじゃないんだ。僕が何年君を見てきたと思ってる?」
「なによ・・・」
「失敗作だなんて言うな。君の努力はずっと君自身を支えていく。君はこれからもっと立派な魔女になる。僕なんて到底及ばないくらい」
「それが何だって言うの。もう遅いのよ。お父様たちには私が必要じゃないの!」
「僕には必要だ」


ドラコは私の耳元で優しく囁いた。私の心を弱くする、残酷な優しさだった。私を一人でいられなくする優しさだった。


「君の言う通り、僕は君ほど利口じゃない。君がいないと困る。元気に健康でいてくれないと困る。だから自分の身体を大切にして、自分を愛して生きてくれ」
「・・・バカじゃないの。貴方に必要とされて私に何の得があるの」
「愛を損得勘定で考えるなんて、君に足りないのはロマンだな」
「言ってくれるわ。貴方に愛されても、ちっとも嬉しくない」
「今はそれでもいい」
「・・・嬉しくなんか、ない・・・・・・」



静かな廊下は時間が止まった場所のようだった。いっそ本当に止まればいいのにと思った。このまま、この満たされた気持ちのまま、永遠に彼の心臓の音を聴いていられればいいのに。




Title by:革命家


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