相応しいのは?(立海) | ナノ



俺はジャッカル桑原、テニス部に所属する中学三年生だ。その日は練習の最後にレギュラーだけのミーティングがあり、それも無事終えた俺たちは人の少ない部室でいつもよりのびのびと着替えをしていた。


「あっやべ!」

いきなり赤也が短く叫んだ。半分眠りながら着替えていたらしく、シャツのボタンを盛大にかけ違えていた。

「英語の課題、今日中に出さなきゃならねえの忘れてた!ちょっと行ってくるっス!」
「切原くん、廊下を走っては行けませんよ!」

勢いよく部室を飛び出した赤也を柳生の声が追いかけた。黙々と着替えていた三年レギュラーの面々は、誰からともなく吹き出した。


「なんというか、騒がしいやつじゃの」
「まったく・・・アイツはいつもたるんどるな」
「ふふ、赤也らしいね。課題をちゃんとやってただけ偉いんじゃないかと思えてきたよ」

おお、と少し感心する。さっきの厳粛な雰囲気でのミーティングで張りつめていた空気が一気に和やかになった。赤也のやつすごいじゃないか。雑談もしやすい環境になったところで、慣れた手つきでネクタイを結んでいた柳が「しかし」と口を開いた。


「赤也は勉強こそサボるが、テニスに関してはとてもひた向きだ。そこは好感が持てるな」
「ああ分かります。私はこの前レーザービームの打ち方を教えてくれとせがまれましてね。要領は得られなかったようですがたいへん一生懸命やっていましたよ」
「俺に訊けば柳生より上手く教えられるかもしれんのにのう。ほんと、可愛いヤツぜよ」
「なんだよアイツ、なんでオレの天才的妙技のコツは訊きにこないんだよ!まあ訊いたところで出来るとは思えねえけどな!」
「まあ、こうなると・・・」


こうして聞いているとこんなに強烈なウチの部がまとまってるのには赤也の存在も大きいのかな、と思える。同学年で一人突出してた分、俺たちも構いやすかったんだよな。赤也が色んな意味で放っとけないから、みんなついつい世話を焼いちまって・・・あれ、これじゃまるで、



「「「「「「赤也(切原くん)は俺の弟みたいだ(ですね)」」」」」」


「・・・えっ・・・」



俺以外の全員の声が重なった。レギュラーはみんな一度目を丸くし、それから辺りを見回し、ギロリと全体を睨んだ。スーっと肝が冷えていった。レギュラー陣の交錯する視線が見えない火花となって激突しているように感じた。え、な、なんだこの展開・・・。和やかになったはずの雰囲気が、あれ?修羅場??


「は?何言ってるの、俺は部長で、赤也は次期部長だよ?赤也も俺に憧れてるし、まず一番に兄っぽいポジションと言えば俺だよね」
「俺は赤也を全身全霊で指導してきた。王者立海の後進として、並々ならぬ情熱を持ってな。その点では誰にも負けているつもりはない!」
「弦一郎、部活動だとそれでいいだろうが普通はことあるごとに手が出る兄など欲しくない。俺ならダブルスを組んだ経験もある。データももちろん、一番赤也のことを理解しているのは俺だ」


なんなんだこれ、なんでビッグ・スリーがこんな話題で噛み付き合ってんだよ・・・赤也って愛されてんな・・・。しかし事態はこれだけでは収まらなかった。他の部員も声を荒げ始めた。


「まずもって三強は赤也と人間性が違いすぎるナリ。そこは俺、赤也と色んな感情を共有出来る俺じゃからこそ、世の楽しみ方も教えられるってもんじゃ」
「仁王くんはただのサボり仲間でしょう!君と切原くんの組み合わせなんて不安で仕方がありませんよ。となるとここはやはり私。なんと言っても仁王くんとダブルスを組めるくらいですからね。絶妙に切原くんをサポート出来ます」
「おいおい、兄キャラと言えば俺だろい?入部したときからアイツを可愛いがってたのは俺だし、だいたい俺アイツに何回ラーメン奢ってやったと思ってんだ!」
「いや奢ってたのは俺だぞブン太」


どうしてこうなった。レギュラーたちはまさに一触即発、一歩も譲る気は無いというようにお互い白熱していく。何がコイツらをここまでさせるのか全く分からない。


「だいたいねえ、赤也の兄には勉強が教えられるのが絶対条件だから。まずブン太と仁王は無理だって」
「んなことねーよ!つーか幸村くんこそアイツと趣味全く合ってないし!」
「そうじゃそうじゃ。家庭でまでごちゃごちゃ言われたら赤也も敵わんじゃろ。な?真田、参謀、柳生」
「心外だな!アイツの不規則な生活は誰かが正してやらねば一生あのままだ!」
「私なら切原くんのプライバシーは尊重しますね。万が一にも必要以上に彼のことを調べ上げたり、あまつさえ彼になったりなど絶対にしません」
「兄ならば弟のことを深く知っていて何が悪い。正確な知識があってこその適切な指導だ、そもそも・・・」

もはや全員話の主旨を見失っていた。そして突然「「「「「「ジャッカル(くん)!!」」」」」」と叫ばれ、俺の心臓は悲鳴を上げた。みんな身を乗り出すようにしてギラギラした目で俺を見てくる。逃げたい。


「な、なんだよ・・・」
「ねえジャッカル、誰が赤也の兄に相応しいと思うかい?やはりここは憧れ統率型の俺だと思うかい?」
「無論、あんなだらけたヤツには規律統制型の俺だ!」
「冷静に見てやれる情報監督型の俺しかあるまいな」
「兄とするなら紳士品格型の私が一番適しています」
「万事共感型の俺が楽なんじゃって」
「良心兄貴型の俺だろい!料理だって上手いし、最高の兄貴だって!」
「知らねえよ・・・・・・勝手にやっててくれよ・・・」


もうイヤだ。この雰囲気に耐えられない。みんなシャツ着かけだったりズボン穿きかけだったりの格好で何やってんだよ・・・!早く、早く帰ってこい赤也!!!




「ただいまっス〜・・・あれ?先輩たちまだ着替えてなかったんスか?」
「「「「「「「!!!!!」」」」」」」


来た!赤也が帰ってきた!!!目をぱちくりさせてキョトン顔の赤也の元にレギュラー陣が必死の形相で詰めかける。俺はホッと胸を撫でおろした。


「な、なんスか・・・」
「赤也、よく聞くんだ。俺たちの中で一番兄にしたいのは誰だ?」
「は?」
「いいからさっさと答えんか!!」
「ちょ、ちょっと」


動揺している赤也にさらに三年生たちが迫る。一部を覗いてそれなりに背の高い面子なので凄まじい圧迫感があった。


「なんなんスかさっきから!」
「いいから答えんしゃい」
「俺たちの沽券・・・ひいては部活動での円満な人間関係に関わる問題なんだ!」
「そんなに!?」
「オイ赤也さっさと言えよ、これまでしてもらったことを思い出しながらな!」
「切原くん、兄にしたい人物を一人あげるだけでいいのです!」


三年生の気迫に圧倒されていた赤也だったが、さすが度胸がある。「うーーん」と考える素振りを見せ始め、のろのろと喋り出した。


「そうっスね、やっぱり、兄貴となると・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・!」


場の面々は固唾を呑んで見守っていた。みんなのピリピリとした緊張を肌で感じた。傍観者の立場になった俺は他人事なので、純粋に興味が出てきた。

赤也は誰を選ぶんだ?物腰穏やかだが最強の美少年か?厳格ながらも情熱に溢れた武士か?緻密なデータと頭脳で支えるブレーンの参謀か?サボり気質で読めない手強い奇術師か?優しく気品溢れる真面目紳士か?意外にも兄気質の天才的スイーツ人間か?






「まあ、やっぱりジャッカル先輩っスかね」



はい?



空気が凍った。俺の背中をすごい勢いで冷や汗が伝った。



「どうしてかな?」


最初に息を吹き返したのは神の子だった。幸村が微笑みながら、しかし温度の無い声で言った。

「赤也、どうしてジャッカルなんだい?よければ理由を教えてくれないか」
「えー、だってジャッカル先輩すっげー親切じゃないスか?(だから簡単にパシられてくれるし)結構しっかりしてるし(だから宿題やってくれるかだろーし)」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「それに前ジャッカル先輩の親父さんの店連れてってもらったんスけど、超美味かったっス!あれなら毎日食えるなあ〜」
「へえ・・・餌付けか」
「え?」


やめてくれ、もうやめてくれ。ニコニコと無邪気に話す赤也は気付いていないらしいが俺の心臓はキリキリと針金で締め付けられていく心地だった。みんな赤也と和やかに会話しているように見えてバリバリ敵意を飛ばしている、俺に。


「ていうか先輩たち帰らないんスか?俺帰ってもいいんスよね?」


「じゃ!」と赤也が部室を出て行った。三年生が一瞬で俺に向き直る。針のムシロどころか串刺しにされている。幸村を筆頭に、ジリジリとにじり寄ってくる。


「お、落ち着けよみんな、な・・・?」
「ジャッカル、君は素晴らしいね、人が良くて。後輩にも慕われてて、ねえ・・・?」
「私を差し置いて君が選ばれるくらいですからさぞかし出来た人格なんでしょうねえ」
「お前いつの間に餌付けなんてしてたんだよい。俺の専売特許だろ?」
「意外と食えない男じゃのう・・・」
「興味があるな、お前がいかにしてその人徳を得たのか」
「ジャッカル」


真田がズイっと顔を近づけてきた。その顔つきは、歴史の教科書で見た金剛力士像に酷似していた。


「悪いが詳しく聞かせてもらおう、俺たちが納得するまでな!!」


誰か俺を生きてここから連れ出してくれ。


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