つくづく不幸は重なるものである。


「こ、これは、どういう・・・」

担当上忍に頼まれて荷物を里の外れまで届けることになった。せっかくオフの日なのに面倒だなあと思いながら目的地に続く街路を歩いていたら、途中で通行止めになっていた。どうやら大規模工事の最中のようで、仕方なく迂回路を探して進んで行くと、私の最も苦手とする地区を突っ切らねばならないことが発覚したのだった。


犬塚家のみなさんがお住まいの地域である。


犬塚と言えばその名の通り忍犬と共に戦い、ほとんど家族のように暮らしている家だ。里のほとんどの一族は集まって暮らしており、それは犬塚家も例外ではなかった。私はただ今犬塚の居住地区の入り口に佇んで途方に暮れている。というのも先ほどから犬の吠えるような鳴き声がひっきりなしに聞こえてくるのだ。つまり私は犬が大の苦手なのだった。

私自身この家の人と関わったことは無いのだけど、みな自分の相棒の犬と成長を共にして育つのだと聞く。それはここには住んでいる人間の数だけ、いやそれ以上の犬がいるということではないか。怖い、怖すぎる。やっぱり別の道を探そう。今日中に届けられるのか分からなくなってきたぞ・・・


「そこの家に何か用があんのか?」
「ひっ!」

思案中にいきなり背後から声をかけられて飛び上がった。振り返ると、私よりいくらか年が上らしい細身の少年が片手を腰に当てて立っていた。光沢のあるライダースジャケットに身を包み、額には忍者の証が輝いている。気の強そうなつり目が野性味を感じさせた。

「あ、あの」
「ん?額当てしてるな。お前も忍か。で、そこで何してんだ」
「こ この住所に届け物が・・・」
「どれ」

少年は私が渡したメモ用紙に目を通した。薄い唇の奥に、犬歯のようなものがチラリと覗いた気がした。

「なんだ、ここならこの道真っ直ぐ行けば着くぜ。道が分かんなかったのか?」
「いえ、その・・・」
「オイ、はっきり物言えよな」

少年は面倒臭そうに眉を潜めた。しまった、短気な人だったのか。狼狽えて不快な思いをさせてしまった。

「すすすみません・・・」
「・・・いいけどよォ、オレのチームメイトも大概回りくどいからな。で?」
「道は分かるんですけど、ここ、怖くて」
「は?なんで」
「い、犬が・・・苦手で」
「はあ!?」

今度こそ呆れられた。少年は大きく目をしばたかせて私を凝視していた。

「なんだ、ってことはここが犬塚だから?」
「はい・・・」
「忍のくせになっさけないヤツだな!お前下忍?オレより二、三は年下みたいだけど」
「はい、この前下忍になったばかりです」
「・・・つったってよ、これから任務やってたら忍犬と組むことだってあるぞ?その時も苦手って言うのかよ」
「それは・・・」

本当に情けない。見ず知らずの人に説教までされてしまうなんて。しかも図星だ。任務で犬と関わるとき、「苦手」だなんて理由で失敗するのは許されないのに。

自然と肩を丸めてしまっていた。少年はそんな私を見て「あー・・・」と呟きながら困ったように自分の首に手をやった。

「一応聞くけど、犬の何が苦手なんだよ。可愛いだろ」
「小さい頃は大丈夫だったんです。近所にいた野良の子犬と遊んだりもしてました。でもある日いきなりその子犬に噛まれたんです」


いつものように子犬の首の辺りを撫でていた時だった。不意に手に犬の牙の鋭さを感じたのだった。ぎょっとして思わず子犬を振り払ってしまった。一目散にその場を離れ、以後あの犬とは会っていない。

「それから犬がダメになってしまって」
「・・・あのな」

腕組みした彼は浅くため息をついた。スラリとした肢体の重心が右に寄っている。

「それは十中八九、甘噛みだ。その子犬がちょっとお前に甘えてみただけだって」
「えっ」
「動物にはよくあることだ。噛まれて痛くはなかったんだろ?」
「はい・・・」
「だからそんなの引きずるだけ損だっつーの!ホラ、行ってみろよ」
「で、でも」

急にそんなことを言われても怖いものは怖い。家々の方からは相も変わらず犬の鳴き声が響いている。キャンキャンという高い声から獰猛そうな低い声まで、色々聞こえるのがさらに怖い。この人は犬のこと、好きみたいだけど・・・。


少年はさっきより深く息をついた。

「お前、ちょっと来い」
「なっ!」

少年は私の右腕を掴むと犬塚の家に向かってずんずん歩き始めた。有無を言わさぬ力だった。犬の鳴き声が四方八方から聞こえてくる。私は恐怖に身を縮めたけれど彼は動じない。そもそも何でこんなことを。

「ど、どこ行くんですか!」
「すぐそこだよ」
「ていうか、家の敷地、勝手に・・・」
「家?・・・ああ、オレ犬塚キバってんだ」
「いぬづ・・・えええええ!?」

じ、じゃあこの人犬塚の人だったのか!どうしよう、気に障ることしか言ってないような・・・。キバさんは躊躇いなく敷地を闊歩し、やがて小さな納屋のような小屋の前で立ち止まった。私の腕を離し、人差し指を立てて私の口の近くまで持ってくる。

「いいか、静かにな。間違っても叫んだりすんなよ」
「は、はい?」
「特別に見せてやるよ。先月生まれたばっかなんだ」

キバさんはそっと小屋の扉を開いた。薄暗い小屋にゆっくり光が差していく。そして見えたのは、成犬の周りを囲むようにゴロゴロしている七匹の子犬だった。

「わあ・・・!!」
「元気に育ってるぜ。オレの母ちゃんが世話してる犬なんだけどさ、オレがいるから近くまで寄っても大丈夫だ」

キバさんに導かれ、私はおそるおそる小屋の中に入った。穏やかな表情の雌犬の腹に寄り添うように、ふわふわした小さな小さな子犬たちがもそもそ動いているのだ。お腹いっぱいで眠いのか、目が閉じかかっているものもいる。

勇気を出して子犬の一匹に指を近づけたら、ぬるい舌がペロペロと指先を濡らした。さっきまでの苦手意識はどこへやら、私の胸は子犬たちの愛くるしさに締め付けられていた。

「か、可愛い・・・!!」
「だろ?この母ちゃん犬は超強いんだ。こいつらも絶対たくましくなるぜ」
「っ・・・」


そのとき、私の心臓は子犬の可愛いさとは別の攻撃によってバクバクし始めた。彼が、キバさんが犬に向ける目があまりにも優しくて、温かくて。勝手に粗野な人だと思いこんでいたから、一瞬で持っていかれた。顔に熱が集まる。

「オレ、お前に色々言ったけどよ」

ポツリとキバさんが呟いた。

「やっぱちょっと複雑なんだよな。自分が好きなものを嫌いな人間がいるとさ。悔しいじゃん、ウチの場合家族ぐるみだし」
「そうですね・・・」
「オレにも兄弟みたいに育った犬がいるんだ。赤丸って名前でよ。もうオレが乗れるくらいでかく強くなったけど、すっごい賢くて優しいヤツなんだぜ。可愛いし、自分の一部みたいなもんなんだ。ここにいる犬はそういうヤツばっかりだよ」
「・・・・・・」


私、何も知らずに怖がってたんだな。昔のことだって無知だったから誤解したんだ。キバさんの語る犬はまるで一人の人間みたいに一匹一匹に個性があって面白かった。母犬を見ていても怖さを感じなくなっていた。

「キバさん、今日はありがとうございました。もう大丈夫そうです」
「いいってこんくらい。オレも無理に引っ張ってきたんだし」
「それで、あの・・・」
「あ?」
「・・・良かったらなんですけど、またお邪魔してもいいですか?この子達が可愛いくて・・・それに、もっと犬のこと知りたくなりました」
「!」

キバさんは少し目を丸くしたあと、思いっきりニカッと笑った。

「いいぜ、いつでも来いよ!オレがいる時は色々教えてやる」
「ありがとうございます!」
「よし!お前もこいつらみたいに早く強くなって中忍になれよ!」
「!はい!」


また来よう。だんだん慣れていって、赤丸さんとも仲良くなれたら嬉しい。それに、わしゃわしゃと頭を撫でてくれたキバさんにも、もっともっと近づきたくなったから。

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