あれから私とセーちゃんは数回会って、そのたびに長いこと話をした。彼女はいつも穏やかで優しくて、一緒にいて幸せな気分になれた。今日は私の家の近くにある美味しいカフェに連れてきてもらっていた。


「えっと、『青天の霹靂』ってどういう意味?」
「思いがけず突然起こった大事件って意味だけど・・・そんな難しい言葉今覚えなくてもいいよ。それにしてもずいぶん上達したね、日本語」
「セーちゃんの教え方が上手いんだよ!お父さんより断然上手い!」
「それは光栄だな。でも君が頑張ってるからだよ」


ああ、紅茶を口元に運ぶセーちゃんもとても優雅だ。セーちゃん、今日はジャージじゃなくて普段着だ。シンプルなシャツとカーディガンに細身のパンツがすごく似合っているけど、セーちゃんなら女の子らしいスカートも良さそう。髪も短いし、ボーイッシュなのが好きなのかな。


「あ、じっとしてて」
「?」

セーちゃんがスッと私の頬に手を伸ばした。その長い指がさらったのは、白いクリームだった。私が食べていたパフェのものであろうそれを、セーちゃんはペロリとひと舐めした。


「!!!」
「、ついてた」


柔らかく微笑むセーちゃんにどうしてだか心臓がドギマギした。に、日本の女の子のスキンシップって結構ハイレベルかも・・・。余裕そうなセーちゃんは、私よりずっと大人っぽく見える。


「そう言えば、通うのはインターナショナルスクール?」
「ううん、普通の学校。お父さんの母校だから、そっちがいいなって」
「いいね。なんて学校?」
「なんだっけ・・・確か、リッカイダイフゾクとかいう・・・」
「えっ」


セーちゃんが虚を突かれたような声をあげた。


「それ、俺の通ってる学校だよ。立海大附属中」
「そうなの!?やったー!セーちゃんと一緒の学校!!」
「俺も嬉しいよ。でも驚いたな、すごい偶然だね」
「ほんと!不安だったけど、学校が楽しみになってきた!ねえ、立海ってどんなとこ?」
「そうだね・・・」

セーちゃんはちょっと考えてから口を開いた。


「とてもいい学校だよ。みんなのびのびしてて、面白い生徒がたくさんいる」
「へえー・・・ね、セーちゃんは部活とか入ってる?」
「うん、テニス部。なかなか伝統ある部だよ」
「テニス!カッコいいなあ!私もちょっと習ったことあるなあ」
「経験者なの?」


あっ。セーちゃんの表情、さっきまでと違う。愉快そうって言うか、イキイキしてるっていうか・・・上手く言えないけど、空気がガラッと変わった。

テニスの話だから?


「小さい頃にちょっとだよ。友達に誘われて始めて。最初は楽しかったんだけど、私運動苦手で、一回も勝てないからやめちゃった。根性無かったな」
「だけど、勝てないとダメだって思うのは当然だよね。勝ってこそテニスを本当に楽しめるってものだし」
「そうなんだよねー!負けたり怒られてばっかりでつらかった。セーちゃんは強そう!」
「まあ、それなりにかな」



「・・・セーちゃん、テニスにすごく真剣なんだね」
「えっ・・・」

きょとんとした顔のセーちゃんをじっと見つめた。


「セーちゃんってすっごく優しいよ。でも優しいだけじゃないんだね。テニスの話してるとき、セーちゃんふいんき・・・じゃない雰囲気が違ったもの」
「・・・・・・」
「セーちゃんは『勝てなくても楽しくやればいい』なんてお世辞でも言わなかったね。それは『勝たないと意味がない』って思ってるってことでしょ?毎日走ってるのもテニスのためなんだね。セーちゃんはそこまでストイックにテニスやってるんだね。カッコいい」
「・・・・・・君は、」


セーちゃんは神様みたいに優しい人なのかなって思ってた。いつまでも物腰柔らかに笑ってるのかなって。そんなセーちゃんでも好きだけど、そういう掴みどころがなくて読めない人なら、本当に仲良しになれるか不安だったんだ。

だけどセーちゃんの中に譲れない強い感情を見つけた。神様なんかじゃなくて、ちゃんと人間なんだって思えて嬉しいかった。


「セーちゃんの好きなものや嫌いなもの、色々知っりたいな。セーちゃんのことたくさん知っていきたい。それが頑固に拘るようなところでも、知れたらもっと、セーちゃんと仲良くなれるよね」
「・・・・・・」
「セーちゃんのこと大好きだよ。これからもっともっと大好きになれる気がする。それで私も、いつかセーちゃんに恩返ししたい」
「っ・・・・・・」
「セーちゃん?」


なんだかセーちゃんの顔に赤味が差してる気がする。セーちゃんは口を手でおおいながら、私の視線を避けるように斜め下を向いた。


「それ・・・お国柄?・・・素直っていうか・・・」
「え?」
「君、すごいね」


やっと顔を上げたセーちゃんとは、イタズラっぽくクスリと笑った。


「面白いな。あーあ、なんか見透かされちゃった気分」
「?」
「こんな気分初めて。ね、またテニスしたりするの?」
「うーん・・・やっぱりプレイするのは遠慮かな。観るのは好きだけど」
「じゃあさ、俺のとこのマネージャーやらない?ちょうど先輩が卒業しちゃって人手がいないんだ」
「セーちゃんの!?うん、やる!テニスするセーちゃん見てみたい!」
「良かった。俺のこと、もっと知れるよきっと」
「楽しみー!」








「えっ・・・」
「やあ。クラスは離れちゃって残念だったね。でもうちの部はみっちりやるから、嫌でも毎日顔合わせることになるよ」
「あの、えっと」
「一年生が入部するまではあと少しあるから、雑用はしばらく俺たち二年生も手伝うよ。そうだ、先に何人かだけでも紹介しとこうか」
「セーちゃん・・・?」
「あっ幸村くん誰その女子」
「ああブン太、真田たちのクラスに転校してきた子だよ。マネージャー頼もうと思って。もちろん適性は見てからだけど。フランスから来たばかりで日本語が難しいときもあるだろうから親切にね」
「すげーかっけー!」
「・・・・・・・・・」



幸村・・・ク ン ?


始業式の後に教えられたテニスコートに行ってみると、男、男、男、男ばかり。そしてそれを涼やかな表情で取り仕切るセーちゃん。え、あの、まさか。


「セーちゃん、もしや、男性・・・」
「フフッ、後で制服姿も見せるよ。まさか本当に今日まで気付かないとは思わなかったな。これでも内心複雑だったんだよ?」
「え、え、ええっ」
「何回も『大好き』って言われちゃって、ドキドキしたなー」
「あの、その、それは」
「もしかして男って分かったら嫌いになった?」
「め、めめめめ滅相もない!!」
「ふは、そんな日本語どこで覚えたの?」


クスクス笑う天使のようなセーちゃん。綺麗で、可愛いくて、でも男性で、ほんのちょっと、意地悪で。


「ねえ」
「っ!」


セーちゃんが私の後ろにピタッと立った。そのまま耳元に顔を寄せられ、至近距離で声が響く。


「この部わりと強面ですぐ怒鳴る人とか、計算高くて難しいこと言う人いるけど、あれでも同い年だから負けずに頑張ってね」
「え、あ」
「紳士的な人や良心的な人もいるけど、人を騙してからかうのが大好きなヤツもいるから気をつけて。やたら食い意地が張った人に買い食いに誘われたりするかもしれないけど、嫌なときは断るんだよ」
「は、はあ」
「それと」


セーちゃんが、私の頬に指を当てる。あの、生クリームがついてたとこだ。セーちゃんは一際低く、甘く囁いた。


「たぶん、一番面倒な男が、君を狙ってるから気をつけて」
「っ・・・!!」


クスリと笑い声を残してセーちゃんがみんなの輪に戻ったあと、私はへなへなとその場に崩れ落ちた。頭をぐるぐるしているのはあの『青天の霹靂』っていう言葉。そしてセーちゃんのことばかり。



ああ神様、助けてください!セーちゃんは天使の顔をした悪魔、いや、もっとたいへんな人かもしれません。問題は・・・私、この人から逃れられる気がしないんです!!!


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