「邪魔するぜ」
「あ、貴方は・・・!」
やけに高慢ちきな声のあと柳生先輩が息を呑む音がした。あの冷静な柳生先輩がたまげるほどの人物・・・。俺は好奇心に勝てず、こっそりデスクの下から目だけを出した。
戸口に立っていたのは高そうなブランド物のコートに身を包んだ背が高い男だった。目尻に泣きボクロがある。どことなく冷たい空気を纏ったようなお坊っちゃん。そんな感じだ。
「貴方は・・・跡部景吾くんですね」
「ほう、俺様を知っているのか」
「そりゃあ貴方は有名ですからね。この職業をしていて知らなければモグリでしょう」
跡部景吾・・・。聞いたことある、かも。確か莫大な資産を持つ財閥の御曹司で日本経済を左右するほどの存在だとか何とか。まさか一人称が「俺様」だとは思わなかった。
でも何故そんな要人がこんな胡散臭い所に。
跡部という人は勿体つけたようにコートの裾を翻して歩いた。デスクの方へ来たので俺は慌てて頭を隠した。
「俺様が直々にこんなチンケな探偵事務所に来たのは他でもねえ。てめえらに依頼があるからだ」
「それはそうでしょうね。さあ仁王くん依頼人ですよ、そこどきなさい」
「ピヨ」
衣擦れの音がする。どうやら仁王先輩が動いたらしい。跡部サンがソファーに座り、柳生先輩が飲み物を淹れるためにキッチンへ向かう。来客用の席からこのデスクは見えない。俺は再び顔を出した。
「で、何の依頼じゃ跡部。お前さんのようなヤツが人に頼みごととはのう」
仁王先輩が面白そうに言った。対して跡部サンはつまらなさそうに鼻で笑った。
「言うもんだな仁王。まあいいだろう。頼みたいのは人探しだ」
跡部サンが懐から写真らしきものを取り出す。受け取った仁王先輩と熱々のコーヒーを持った柳生先輩がそれをしげしげと覗きこんだ。
「樺地だ」
「これはまた・・・のう」
「ええ・・・随分と巨漢な」
「おい。樺地の年齢は俺様やてめえらの一つ下だぞ」
跡部サンが苛立った声で言った。
「し、失礼しました・・・で、この方がいなくなった、ということでしょうか」
「ああ。あの日、俺様と樺地は跡部のプライベートビーチで優雅にクルージングを楽しんでいた」
跡部サンがバッと立ち上がった。まるで何かの演出である。
「貴族のようじゃ」
「静かに仁王くん。似たようなものですよ」
「・・・一昨日の昼頃だ。途中、樺地は趣味のボトルシップを作りたいと言った。だから俺様は樺地を浜辺に残してヨットで海に出た」
「どこまでもキテレツじゃな」
仁王先輩が言えることじゃないと思った。
「そして浜辺に戻ると・・・樺地は忽然と姿を消していたんだ」