見上げただけで首が痛くなりそうな超高層マンション。その最上階のスーパーリッチルームで、私の幼馴染みは一人暮らしをしている。


「・・・やっぱり出ない」

その部屋の前まで来たはいいものの彼が玄関口まで出てくることはない。いつものことではある。ドアノブに手を伸ばすと案の定何の抵抗もなく開いた。こ、こいつ不用心な!

苛立ちに任せて部屋に入り、ズンズンと最奥のベッドルームに向かう。ブラインドの僅かな隙間から光が差し込むだけの薄暗い殺風景な部屋だ。だだっ広い部屋に構えるキングサイズのベッドには、赤毛の男が半裸で横たわっていた。

本来青年と呼ばれる年頃のはずなのに童顔なせいで少年としか形容できないその幼馴染みは、寝ている時だけは天使のような柔らかい表情を浮かべるのだ。


その麗しい寝顔に若干の未練を残しながらも、私は意を決して男を怒鳴りつけた。

「サソリ!施錠はちゃんとしなさいって言ってるでしょ!」
「・・・・・・」
「あとチャイム鳴らしたら出てよ!下で他の人が入るのを見計らってマンションに忍びこむ私の身にもなって!?」
「・・・・・・」
「起きないと写メ撮ってネットにばらまいてやる」
「・・・いいぜ、やってみろよ」
「!!」


ゆっくりと目を開き挑発的な笑みを浮かべたサソリは、無言の伸びをして枕元の電波時計を見た。

「んだよまだ2時じゃねえか・・・」
「いや昼の2時だよ!?」
「またうるせえお節介女が来た」
「お節介って何!私は・・・」


私の言葉を遮るように、サソリはベッドの縁にかけてあったグレーのパーカーを羽織った。そのまま立ち上がり、ベッド脇の小さな冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをグラスに注ぐ。そして水を喉に流し込みながらパソコのあるデスクの前にドカッと座った。私はその白い喉が悩ましげに上下するのを時を忘れて眺めていた。


起きてもブラインドを開けることはしない。サソリは眩しい太陽が嫌いな引きこもりだから。

外に出ることもない。彼は株取り引きに手を出して生活できているから。

外に出なくて困ることも無い。私が彼女でもないのに何かと理由をつけて通いつめ、世話を焼いているから。

でもサソリは女を知らないわけではない。むしろとっかえひっかえよろしくやっているようだ。それはサソリが誰よりも美しく、蠱惑的で、皆は惹き付けられて離れられないから。この私みたいに。


「・・・で?今日は何しに来たんだよ」

サソリはディスプレイを見つめながら気だるげにそう言った。

「お、お祖母さんからの差し入れの野菜を届けに。頼まれて・・・」
「ババア、余計なことを」
「そんな風に言っちゃダメだよ、サソリのこと考えてくれてるんだから・・・」
「もう一つの袋は?」

私は大きなビニール袋を二つ提げていた。少々きまり悪くて、ぶっきらぼうに返答する。


「・・・ご飯作ってあげようと思って色々・・・カレーとかグラタンとかオムライスとか」
「ハッ・・・毎度毎度ご苦労だな。頼んでもねえのに」
「うるさいな・・・」
「しかしお前も相当暇なんだな。三日と空けずウチに来て・・・大学行ってなかったか?サボりか?」
「違います!大学は今日は午前だけで・・・この後も塾講師のバイトあるし」
「塾?」


チェアの角度を変え、サソリは私に向けてあの魅惑的な薄ら笑いを浮かべる。長い睫毛に縁取られた大きな瞳が細められる。


「で、稼いだ金をオレの食費に?お人好しにも程があるな。オレは別に困ってねえのに」
「私が勝手にやってることだもの・・・」
「なあ、お前何なんだよ。俺のさ」
「!」


私の心臓は一気に冷えた。サソリは変わらずせせら笑っている。ついに聞かれた。恐れていた質問だった。

私は確かに世話焼きだけど引きこもりの社会不適合者のために善意だけでここまでしない。私はサソリが好きだ。ずっとずっと昔から好きだった。 サソリが私なんか見ていなくても、幼馴染みの特権で近くで世話を焼いていられたら幸せだった。そんな関係が続いて欲しかった。

でもこんな宙ぶらりんな状態は変だ。はっきり言ってサソリの女遊びは酷い。しかも一人に執着しない。さらにサソリは女が気を引くために残していく下着などの品々を私に片付けるという最低な所業を繰り返していた。人格的に見てもサソリのことは諦めた方がいいに違いない。

諦められるだろうか。だけど今の状態はどう見ても私がサソリに依存している。カッコ悪い。惨めだ。そう思ったらどんどん辛くなってきた。ああ、もうやだ。なんか心が真っ黒。そう思っているとき、サソリの何気無い一言が私の心臓にトドメを刺した。


「何でこんなことするわけ。男の一人もいなくて寂しいのか?」



プチン、と私の中の何かが切れた。


「・・・仕方ないじゃない」
「・・・・・・あ?」
「うるさくしてすみませんでしたね!こんな陰気なところもう来ないよ!良かったね清々するでしょ!」
「なに、おま・・・」
「誰があんたなんか・・・!私だってバイト先の先輩にアプローチされたことくらいあるもん!それをあんたは・・・っ」
「は?オイ」


パシッとサソリが私の腕を掴んだ。肩を震わせ、目に涙を浮かべる私を見て怪訝な表情をしている。サソリにとっては突然の逆ギレだ。でも私はもはや自暴自棄だった。

「離してよ!」
「お前何言ってんだ?先輩?それ男か?」
「当たり前でしょ!」
「は?お前オレに惚れてるのになんでその男が関係あんだよ」
「へ・・・?」


な、何を言っているんだこの男は。私は目を丸くしたがサソリは至極不思議そうな表情だった。自分の言葉に何の疑いも持っていない顔だ。


「な、なななな何を」
「バレてないとでも思ってたのか?お前オレに惚れてんだろうが。せっかく言いやすいようにしてやったのに何的外れなこと言ってんだよ」
「は?へ?」
「んだよその間抜け面。お前は分かりやすすぎるっつーの」


まさかの事態だった。本人からこんなにアッサリ言われるとは思っていなかった私は軽く拍子抜けしていた。が、すぐに思い返す。

ちょっと待って、じゃあ、じゃあサソリの気持ちは?

「しかしお前もマゾだよな。普通オレの家に来た女の私物、言われた通り片付けるか?」
「・・・はい?」
「からかってやったに決まってんだろ」

あっけらんかんとそう告げるサソリに、私の口は半開きになる。

「さすがにそこまでさせたら白状するかと思ったのによ。このオレが痺れを切らすとはな」
「えっ・・・」
「オレはな、本当に落としたい女は『参った』って言わせたいタチなんだよ」
「きゃっ!」


気付けばベッドに押し倒されていた。手首をサソリに掴まれていてふりほどけない。サソリは楽しそうに薄ら笑いをしていた。なに、この展開・・・!!


「あ、あんたが私を好きだなんて嘘ばっかり!泊まってた子たちはなんなの?」
「泊めたことなんてねえよ。だいたいアイツらはAVと変わらねえし」
「さっ最低!信じらんない!」
「うっせえな、じゃあこれで満足かよ」


そう言ってサソリはデスクに手を伸ばし、薄い携帯電話を水の入ったグラスにボチャリと落とした。確かアレ、防水じゃない。


「サソリ!?」
「金輪際あの女達とは連絡取らねえ」
「っ」
「お前がこれからもオレのとこに来るなら、お前だけでいい」
「!!!」


サソリが集中しているときの真っ直ぐな瞳だった。強く人の心を動かす視線だ。サソリは顔を落とし、唇で私の額に触れた。それだけのことで私の心臓はもう死にそうなくらい暴れている。


「っ信じられないよ・・・」
「あ?しつけえぞ」
「だってそんな素振りちっとも」
「ただの女にここまで干渉させるか」
「私のどこが・・・」
「理由は一つじゃねえから安心しろよ」
「い、いつから?」
「お前と同じくらいじゃねえ?」
「っ・・・!!」


ここでサソリは「あ、」と小さく声を出した。


「久々に外に出ねえとな。ゴムが無い」
「いっ・・・!?」
「プッ、なんだその顔。まあ孕んじまっても養ってやるよ」
「は!?ちょ・・・」
「好きだ」
「!!」


そう言って、唇を優しくついばまれる。私の涙を親指の腹で拭い、おかしそうに笑うサソリが、すごくすごくいとおしい。


今この瞬間、見上げた先に在るあなたが私の全てだった。





Ravissement」さまに提出しました。素敵な企画に参加させていただいてありがとうございました!

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