予定は未定(白石) | ナノ
「よし、今11時1分やろ?このまま駅行って10分発の普通電車に乗る。4つ目の駅までだいたい12分やから、24分に駅を出たとして、ショッピングモールまで歩いて着くのがおよそ7分。42分には4階のパスタの店に着くはずや。あっもちろん美味しいとこやで!リサーチ済みや!そいで店の調理スピードと自分の食べる速さを考えたら、店を出るのが12時27分。で、5階の映画館で、自分の観たい言うとった恋愛映画が12時45分から上映や。前売り券は入手しとるから安心してな。その映画が終わるのが15時13分。買い物する時間を一時間半と見積もっても真っ暗になる前には家に送り届けられる。親御さんも楽しみにしとるやろし、夕飯には間に合わんとな。ほんま穴のあらへん計画やろ?俺の特製誕生日デートや!」
「・・・・・・」
「な?」と輝かしい笑顔を向ける蔵ノ介が自分とは別の生き物に思えた。な、なに?コイツ誰か憑依してんの??確かに数週間前に「誕生日デートのプランは俺に任せてくれへんかな?」って言ってきたけど、常日頃から無駄を嫌っていた蔵ノ介だけど・・・。この人がやりたいようにやるとこんなことになるのか。
「う、うん??いやあの、すごく嬉しいんだけど・・・」
「おっとアカン!そろそろ駅に向かわな電車に間に合わんで。ほら」
差し出された手のひらをまじまじと見つめた。蔵ノ介ってまともそうに見えて割りとズレてるとこあるけど・・・こういうのが自然に出来ちゃうの、なんだかんだカッコいいよなあ。今日の蔵ノ介は黒いジャケットをスマートに着こなしていて、いつもより大人っぽく感じる。ちょっと窮屈そうなデートだけど、誕生日を祝ってくれる気持ちはひしひしと伝わってくる。ここは素直に喜ぼうかな。
「え・・・」
目的の駅に無事たどり着き、ショッピングモールに行こうとした私たちを待ち受けていたのはしとしとと降る雨だった。空は明るい。たいした量じゃないけれど、それでも傘が必要な雨だった。
「なんでや・・・予報では降水確率なんて10%もあらへんかったんに」
眉を寄せてから、蔵ノ介は「ちょお待っとってな」と言い残して傘を買いに駅に戻っていった。ところがなかなか帰って来ない。やっと蔵ノ介の姿が見えたのは5分が経ってからだった。走り回ったのか、はあはあと荒い息をしていた。
「す、すまん・・・この急な雨で駅で売っとる傘、軒並み無くなってしもうて・・・買えたのこれだけやった」
そうして蔵ノ介が差し出したのは、100円ショップで売っているビニール傘一本だった。蔵ノ介は申し訳なさそうに頭をかく。
「ごめんな・・・これは使ってくれてかまへんから。時間も押しとるし「大丈夫だよ」
そっと傘を持つ蔵ノ介の手を握れば、彼はハッとしたように顔を上げた。蔵ノ介って大人っぽいけど、こういう顔は本当に無邪気だと思う。
「走り回ってくれてありがとうね、任せきりにしてごめん」
「でも・・・」
「それに傘は一本の方が私は嬉しいな。相合い傘が出来るもん」
「・・・・・・!」
「・・・おん」と笑った蔵ノ介の頬が、少し紅潮して見えた。
「なんでなん・・・」
なんとかショッピングモールに着いて、蔵ノ介のリサーチしてくれたパスタのお店に入ろうとしたのに、そこには長い順番待ちの列ができていた。40分待ちの看板まで出ている。今度こそ唖然とした蔵ノ介は、きょろきょろと周りを見渡していた。
「こんなハズやないて・・・今日と同じ曜日のお客さんの入り具合も確かめとったんやけど・・・」
「あ!見てあの張り紙!この店、一昨日ローカル番組で名店って紹介されたって!!」
「なんやて!!?」
「宣伝効果ってやつだよ・・・」
「なんちゅーこっちゃ!」
うわー信じられへん!と頭を抱える蔵ノ介。私は思わず吹き出しそうになったんだけど、蔵ノ介の労力を考えると笑いも引っ込んだ。わざわざお店の混み具合まで調べてくれてたんだもんね・・・当然味の方も色々チェックしたにちがいない。今日のために。私のために。
私は蔵ノ介の腕をちょんちょんと突っついて、近くのファーストフードの店を指差した。
「ほら、あそこなら席空いてるみたいだよ。早く食べないと映画間に合わないし。あそこにしようよ」
「ええっ!?」
蔵ノ介のすっとんきょうな声に周りの人が何人かこっちを見た。蔵ノ介は慌てて声を落としながら複雑な表情をした。
「でも、せっかくの誕生日にファーストフードて」
「私は全然構わないってば!ハンバーガーとかポテト大好きだよ。蔵ノ介は?健康オタクから見てファーストフードは無理?」
「そないなことないけど・・・」
「ハイ決まり!あの店はまた落ち着いた頃に二人で行こう?ね?」
笑ってみせると、蔵ノ介も困ったように笑った。
「・・・敵わんなあ」
「え?」
「なんでもあらへん。そうと決まればさあ、行こか」
「嘘やろ・・・」
映画館のチケット売り場の前で、蔵ノ介はわなわなと震えていた。上映時間を知らせる掲示板には、私たちの観る予定だった映画の、本日上映中止の旨が淡々と書かれていた。
「なんで・・・?そないなこと、今朝ホームページ確認したときは一言も・・・」
「『フィルムのトラブルにより・・・』映画館側の問題かあ、仕方ないね」
「冗談やない・・・こちとら前売り券まで買ったっちゅーのに」
ガクッとうな垂れた蔵ノ介は今度こそ回復不能のダメージを負ったように見えた。この映画、前に私が何気なく観たいって言ってたやつだ。私でさえなんとなくしか記憶になかったのに、蔵ノ介は忘れずにいてくれたんだ。そんな会話まで細やかに覚えていてくれる蔵ノ介の凄さを改めて感じる。
なんだ、今日は特別に蔵ノ介がおかしいと思ったけど、そんなことはなかった。蔵ノ介はいつも私を喜ばすことを考えてくれているんだ。
「ねえ蔵、」
「ん・・・?」
半分虚ろな顔をしている蔵ノ介に、このショッピングモールのパンフレットを見せた。
「この建物の屋上、綺麗な空中庭園があるんだって。映画は今度観に来れるからさ、ここ行ってみない?」
「、空中庭園?」
「そう!さっき昼御飯を食べてるときに窓の外見たら雨が止んでたから。どうかな?」
「・・・せやな。行ってみるか」
「うん!」
今度は私が蔵ノ介に手を差し出した。一瞬目を見張った蔵ノ介は、嬉しそうに私の手を握り返してくれた。
「わあ・・・!」
「すごいな・・・」
屋上に出てみると、晴れた午後の空が明るく光っていて、遠くにうっすらと虹も見えた。まだ肌寒い季節なのに花もたくさん咲いていた。親子連れや他のカップルもちらほらいる。高いビルの上からは、私たちの住む街まで見渡せそうな気がした。
「すっごい綺麗!ね、来て良かったでしょ蔵!」
「・・・・・・」
「蔵?」
不意に蔵ノ介は立ち止まった。私の左手と蔵ノ介の右手は繋がったまま、宙ぶらりんで影を作っていた。
蔵ノ介は斜め下を向きつつ、握った手に力を込めた。
「ほんま、ごめんな」
「え?」
「張り切って計画立ててきたくせに何一つ上手くいかんで・・・せっかくの、誕生日やったのに」
「・・・・・・」
「俺が喜ばせてやらなあかんかったのに、俺はお前に助けられてばっかりやった。俺が笑わせたらなあかんかったのに、俺はお前のお陰で笑えとった」
「蔵・・・・・・」
「俺は・・・」
ぎゅっと蔵ノ介の右手を両手で包みこんだ。蔵ノ介は、躊躇いがちにゆっくりと顔を上げた。
「笑ってよ。そんなむくれてちゃせっかくの男前が台無しだよ!私だって蔵ノ介に笑っててほしいよ」
「別にむくれとるわけやな・・・」
「私はね、嬉しかった!最高の誕生日だったよ」
「え?」
「忙しい蔵が私とずっと一緒にいてくれて、しかも誕生日のプランまで練ってくれて。本当に嬉しかった。ご飯も奢ってくれたし」
「・・・・・・!」
「かえって運が悪すぎて思い出になるよ」と茶化せば、やっと蔵ノ介は緊張の糸が切れたみたいに表情を弛めた。
「私はね、蔵と誕生日を過ごせれば十分なんだけど、蔵は違うの?」
「・・・いや、俺もや」
「そっか」
「・・・〜〜あーもう、今日全然かっこつかへんかったから言うけど!!!」
そう言って、蔵ノ介は真っ赤な顔をしながら私と目を合わせた。
「その、な、プレゼントは、実は今日の夜宅急便でお前の家に届くねん・・・」
「えっほんと!?」
「サプライズのつもりやってんけど、そんなことも言うてられへん状況やしな・・・ハハハ・・・」
照れくさそうな笑顔にキュンと胸が締まる。大好きだ。私は蔵ノ介が大好き。誰にも負けない完璧主義なかっこよさが好き。でも上手くいかなくて落ち込む可愛いさも好き。そうだ、今日のお礼にこの言葉を蔵ノ介に贈ろう。きっとまた赤くなって、それからとびっきりの優しい笑顔になるんだろうな。
麻呂ハッピーバースデー!
20110326