有り得ない(シー) | ナノ


有り得ない。有り得ない、有り得ない、有り得ない!!

雲隠れの里を大股で闊歩しながら、俺は気づかないうちに自分の唇の端を強く噛んでいた。荒れる自身の尋常じゃない剣幕に、すれ違う人々にも振り返られている。クソッ、信じられないのはオレの方だよ。


1時間の遅刻。原因は会議の延長。仕方ないことだとしても、今まで付き合ってきた彼女との待ち合わせでそんな大失態をしでかしたことなど無かった。約束の時間の5分前には必ずそこにいたし、それは歴代の彼女も同じで、たまに相手が少し遅れたりすれば軽口を交わす程度。そんな、もし採点するなら「優」しか取らないような模範的な付き合いをしてきたはずだ。少なくとも女性関係においては。


「チッ・・・アイツのしたり顔が目に浮かぶな・・・」

だっていつも待ち合わせに遅れてくるのはアイツの方だから。服も髪もぐしゃぐしゃにして、背伸びして履いたヒールで足を痛めて、毎回後悔して。自分がああいう惨めな姿を晒したくないから、俺は今走ることだけはしていないのかもしれない。傑作だよ、俺に叱られたときのあの捨てられた子犬のような顔は。あの顔を思い出すと焦った気持ちが少しだけ落ち着いてきた。





「で、」
「ごめん!ほんとにごめん!!」
「なんでお前はさらに30分も遅刻してくるんだよ!!」
「・・・さらに?」

キョトンと首を傾げた彼女にハッと気づいて続く言葉を飲み込んだ。俺が遅れたことはバレてないんだ、言う必要も無いだろう。なんせ彼女は俺を上回る遅刻をしでかしたのだから。


「はあ、全くお前は・・・」
「ごめんね、シー・・・怒ってるよね・・・」
「当たり前だろ!」

語尾を荒くして待ち合わせ場所のベンチから立ち上がれば、彼女は申し訳なさそうにシュンと肩を丸めた。本当は今日はそんなに怒ってないんだけど。あーあー、案の定ぐちゃぐちゃだな。頬が紅くて息も乱れてるし結構な距離を走ってきたんだろう。コイツはいつも無計画で、オレとは本当に大違いだ。


「何なんだよこの髪、台風が通ったみたいだぞ」
「わっ」

そっと彼女の髪に指を通すと、ふわりとシャンプーの匂いが香ってドキリとした。俯いたままの彼女は、恥ずかしそうにちょっと身体をよじらせた。普段はだらしなくゴロゴロしてるくせにこんな時だけ・・・。そういう細かい仕草を見る度に可愛いと思ってしまうオレはきっと末期だ。


だいたいコイツ、遅刻する度に涙目になって謝るけど、そんなにオレに申し訳ないなら遅刻なんかするなよ。オレのこと本当に好きなのかって、思うだろ。


「・・・あの、シー・・・」
「え、あっ、何?」
「あのね」

彼女はそっと自分のバッグから手のひらサイズの袋を取り出した。女らしくラッピングまでされている。頬は紅いままだ。


「これ、今日作ってみたの、何回も失敗しちゃったけど」
「・・・これは?」
「クッキー・・・」
「もしかしてこれ作ってて遅れた?」
「ごめん・・・」

見れば服のあちこちに粉がついたままで吹き出した。ラッピングなんかするくらいならそっちをなんとかしろよ、まず。

「ったく・・・慣れないことするからだな」
「そんなことないよ!最近は料理もしてるし!!」
「へえ、どんな?」
「目玉焼き!!」
「・・・料理か?」

「仕方ないから受け取ってやる」と言って手に取ると、彼女は花が咲くように笑った。・・・やっといつものコイツだ。


ホント、信じられないくらいガサツで間抜け。おまけにルーズだし、オレ何でこんな女と付き合ってるんだ?ってよく自問する。実際今までの彼女のスペックから考えると有り得ない。自慢じゃないけどこれまで女に苦労はしなかった。・・・女で苦労もしなかった。

それなのに手放すなんて考えられなくて、結局彼女が何を許してしまうんだ。また笑顔が見たくって。ああもうオレ、完璧に依存症じゃん。またダルイに笑われるなこりゃ。






「墓花」のちえみへの相互記念です。シーさんワカンネ(^ω^≡^ω^)これからもよろしくね!

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