3月5日。この日が近づくと立海の女子はみんなそわそわしだす。そして当日の今日は先生たちも分かるほど浮き足立っている。なんせ3月5日は、立海で一番人気がある男の子の誕生日なのだ。


「う〜・・・」

廊下の曲がり角からおそるおそる顔を出してみる。幸村くんは今もたくさんの女の子に囲まれていて、始終優しい笑顔でプレゼントを受け取っている。幸村くんは断ったりしないから、卒業間近の独特なテンションも相まって、例年より多くの女子が幸村くんに声をかけていた。

私も入学してからずっとずっと幸村くんが好きで、告白なんかとても出来なかったけどいつも話しかけたいと思ってた。だけど暗くて引っ込み思案な私にとっては幸村くんは雲の上の人で、せっかく同じクラスになれても見てることしかできなかった。常に脚光を浴びている幸村くんと違って私は何をしても平均以下の、クラスでも目立たない暗い人間だったから。今までずっとそうやって過ごしてきた。


でも私だって卒業する前に一度くらい幸村くんと話したい。昨日こっそり買った小さな鉢植えの花は、綺麗にラッピングされて私の手のひらに収まっている。クリスマスもバレンタインも何も出来なかった。こんな私がいきなり誕生日にプレゼントをあげても幸村くんは迷惑なだけかもしれないけど、それでも幸村くんが生まれてきてくれたことをお祝いしたいんだ。私だって変わりたいんだ。


しかし幸村くんが一人でいるタイミングがなかなか見つけられない。もう昼休みも終わっちゃうな。誰かに見られるのは恥ずかしいし、かと言ってそんなこと気にしてたら渡せなくなる可能性も・・・そう考えながらぼんやりと中庭に出たときだった。


「っ!!!」

サッと校舎に引き返した。そこにいたのは、一人植物に水をあげている幸村くんだった。お日様のあたたかい光を浴びて微笑をたたえながら植物をいとおしげに眺める幸村くんはまるで天使のよう・・・・・・じゃなくて!!

ちょ、なんでいきなり・・・!!一人でいる幸村くんに会いたいとは言ったものの、いざ鉢合わせすると勇気がどんどん萎んでいくようだった。幸い幸村くんには気付かれてないみたいだったけど。どうしよう、心の準備がまだ出来てないよ・・・


・・・・・・いや、今行かなきゃ一生行けない。こんな機会はもう二度とない。行こう。告白するわけじゃないんだし、幸村くんなら話くらい聞いてくれる。もしダメでも元々ほとんど関わりが無かったんだから失うものなんて何もない!!そう腹をくくって、私は校舎から中庭へ飛び出した。


「っ・・・あの!!」
「・・・・・・?君は・・・」

わっ。勢いに任せて出たのはいいものの、幸村くんはポカンとした顔でこちらを見るばかり。大きな目をいっぱいに開いて、じっと私を見つめている。私なんて脚が震えるは冷や汗をかくわ大変な状態だった。それでも、なんとか言葉を捻り出そうとした。


「ゆ、ゆきむら、くん」
「・・・うん?」
「あの、あの」
「・・・・・・」
「あの・・・・・・っ」


ダメだった。言葉が続かなかった。気づけば私はガバッとお辞儀だけしてさっきの物陰に引き返していた。そのままズルズルと床にへたりこむ。膝の間に顔を埋めて、はあ、と深いため息をついた。


・・・最低だ。言うことも言わずに、ただ帰ってきてしまった。幸村くんにも変なヤツだと思われたに違いない。ただでさえ無いに等しい印象が不可解なヤツに塗り替えられたかと思うと涙が出そうだった。終わった・・・私の三年間の恋が終わった・・・こんな惨めなかたちで。


「はあ、でも言いたかったな・・・」





「何を?」


えっ。ハッとして顔を上げると、私と同じようにしゃがみこんだ幸村くんが至近距離で首を傾げていた。

えっ、なっ、えっ・・・!!??なんでっ・・・!!??


「ゆ、ゆゆゆゆゆ・・・?」
「ふふ、分かったからしりもちつくのはやめたら?パンツ見えちゃうよ」
「!!!!」

慌てて膝を閉じた私を見て幸村くんはクスクス笑った。なんで。どうして。こんなところに幸村くんが。どうして私を追いかけて・・・?


「あ、の、幸村くん・・・?なんで・・・」
「ああ、君が頑張ってくれたからちょっとね」
「え・・・?」

幸村くんはしゃがんで私と目線を合わせたまま、優しく微笑んだ。


「君が俺をずっと気にしてくれてたことは知ってたんだ。一年生の頃からだよね?同じクラスになったのは三年生からだけど」
「えっ・・・え!?」
「・・・でも、君はそれで終わりだと思ってた。すごく失礼だけど、君は俺やテニス部員に話しかけるなんて出来ない子だと思ってたんだ」
「・・・・・・」

幸村くんの話し方は、なんだか自分自身に語りかけているようにも感じた。自分の足元を見ながら、幸村くんは続ける。


「・・・俺さ、最初に物事に枠組みをつけちゃうことがあったみたいでね。あの人はこういう人だからこれが出来ない・・・みたいな。あの子が俺に勝てるわけない、とか、テニスをする醍醐味は勝つことだけだ、みたいに」
「・・・・・・」
「そうやって物事の限界を見極めて、それに沿った最善の方法を取ってきたつもりだった。・・・でも本当の強さってそういうことじゃなかったんだ。その限界を超えた先にあるものに価値があるってこと、俺は最近まで気付いてなかったんだよ」
「・・・・・・幸村くん、」


知らなかった。物腰穏やかな幸村くんにそんな葛藤があったなんて・・・彼を三年間見てきたのに。

幸村くんの人間としての圧倒的な強さに憧れた。その強い心とプライドで部員を引っ張っている、いつもひたむきな幸村くんは私の目標でもあった。でも今幸村くんの思いに触れて、前より彼を身近に感じてときめいている。前よりもっと好きになっている。そして幸村くんは私に向けて笑いかけた。


「だからさっき君が話しかけてきてくれたとき、びっくりしたけどすごく嬉しかった。なんだか自分勝手な理由で申し訳ないんだけどね」
「や、そんなこと・・・」
「せっかく話しかけてくれたんだから、用事は最後まで言ってほしいな」
「うっ」


幸村くん意地悪だ。絶対分かって言ってる・・・!!だけど勇気を出して、小さな鉢植えをそっと差し出した。

「こ、これ、幸村くんに・・・お誕生日おめでとうございます・・・」
「わあっ鉢植え?嬉しいな・・・可愛い花だね、ありがとう」
「っ!!」

笑ってくれた!受け取った小さな花を見て破顔する幸村くんは、傍目から見ていてもすごく幸せそうだった。良かった。幸村くんが喜んでくれて良かった・・・勇気を出して、話しかけて良かった。幸村くんを好きで良かった。感極まって泣いちゃいそうだったけどぐっと堪えた。すると、幸村くんが私の顔をじっと覗きこんでいるのが見えた。


「・・・・・・」
「・・・ゆ、幸村くん?」
「、ああ」
「どうかしたの・・・?」
「別に?ただ」


不意に幸村くんが悪戯っぽく笑った。キョトンとする私に、幸村くんがそっと耳打ちする。


「いつも下を向いてたからよく分からなかったんだけど」
「・・・?」
「君、結構可愛いね」
「!!!!」


クラリと視界が揺れた、そんな春の午後でした。





1日遅れたけど幸村くん誕生日おめでとう!!大好きです!
20110305
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