キュッと慣れないネクタイを締めて、短くした髪に手を当てる。男の子に見えるかな。自分で出来るだけのことはしたんだけど。

立海大付属中の前まで来た私は落ち着かない気持ちで周りを見渡した。大勢の生徒がいて、これなら自分に気をとめる人もいないだろうと思った。てかあれ女子の制服?ださいな…


テニス部らしき人が見えないのは朝練の時間だからだろう。今日の日のために買ったテニスバッグを背負い、私は胸を張って門をくぐった。




「おーお前テニス部に入るのか!」
「は、はあ…」
「そうかあ頑張れよ!先生期待してるからな」
「ハハハ…」

担任の先生と教室への階段を上りながら、私は始終愛想笑いを浮かべていた。若い体育会系っぽいその担任は私のテニスバッグを見た途端饒舌になったのだ。この学校ではテニス部はそれくらい特別な存在らしい。全国一なんだから当たり前か。

「前の中学でもテニス部だったのか?」
「あっハイ。でもわ…僕は選手じゃなかったんですけど」
「そうかあ…じゃあ次の全国大会のスタメンには入れないかもしれないな」
「そうですね」

そんなことが出来るとはハナから思っていない。マネージャーでしかなかった私がスタメンになんてなれるわけがない。というかマネージャーでいい。必要なのはデータ、データだ。データさえあれば。


「でも、じゃあ良かったな。お前の入るクラスにはテニス部でもとびっきりのやつがいるぞ。色々教えてもらうんだな」
「えっそうなんですか?」
「ああ。柔和なやつだからしみやすいと思うぞ」

ラッキー!テニス部に仲がいい人間がいればデータ収集もしやすいじゃん!誰なんだろう?どうせなら恨めしい柳生がいいな。柳生が来い。胸踊らせながら辿り着いた教室には、「3-C」と書いてあった。



「はーい静かにー!転校生を紹介するぞー」

先生がそう言うと教室がワーッとざわついた。今まで転校なんてしたことがないから緊張したけど、意を決して教室に入った。


「わー男の子だ!」
「なんかちっちゃくない?可愛いけど」
「えー丸井くんの方が可愛いくない?」
「見ろよテニスバッグだ!テニス部なのかな」
「この時期にテニス部?うっわードンマイ」


好き勝手言い過ぎじゃね?丸井って誰だ。複雑な気持ちを押さえて私はまた笑顔を作った。

「愛知から来ました、名字名前です。よろしくお願いします」
「だそうだ。みんな仲良くしろよー。愛知のどこ中だっけ?」
「え゛」

ま、まずい!ここで六里ヶ丘の名前を出すのは…

「……七里ヶ丘中です」
「ほー初めて聞く名前だな」


あっっぶねええ!人知れず胸を撫で下ろす私をよそに、担任はまだ喋り続ける。

「あー、見ての通り名字はテニス部に入るそうだ。部員は色々面倒見てやってくれ…幸村!」
「はい」


そう言って立ち上がったのは、え?この人男?というくらい綺麗な少年だった。いやに白い肌に華奢な身体。優しい微笑みをたたえた少年は、私を見て少しかしこまった表情をした。…この美少年が立海テニス部の部員?なんだか触れたら折れそうだ。


「名字、幸村はテニス部の部長だ」
「へ…ええ!?」してやってくれ、いいか」
「はい、もちろんです」

すれ違いざま、幸村くんは私にニッコリと笑いかけた。こちらが赤くなってしまうような笑顔だ。優しそうな人で良かったな・・・データ集めも捗りそうである。




「名字くん、校内の案内をするから着いてきて」
「えっ」


一時間目が終わった最初の休み時間、笑顔の幸村くんに引っ張られて廊下まで連れ出された。私が何を言う暇もなく、だ。

「ま、待って幸村くん、案内は昼休みとかの方が…この休み10分しかないし」
「昼休みがダメだから今やるんだよ」


うっ。

なんなんだこの人。笑顔なんだけど、そのうらに底知れぬ圧力を感じる。

「悪いけど俺たちテニス部は今最高に忙しいんでね。本当は暇な時間なんてないんだけど先生に頼まれたことは疎かにしないよ」
「はあ…なんかすみません」
「10分休みをフルに使って今日中に案内を終わらせる。それ以上は時間を使えない」
「………」

こ こわ!!今の幸村くんは驚くほど厳しい目をしていて、私に有無を言わせないようにしている。最初に見た時の優しい雰囲気などどこえやらだ。


「ああ、それと…」
「…?」

幸村くんは品定めするように私をじろりと見た。

「君、本当にうちのテニス部に入るの?」
「え、あ、うん」
「見たところ必要な筋肉も鍛えられてないし…軽いし、まるで女みたいだ」
「っ!」
「とても使えるとは思えないな」

誰この人。エスパーなのだろうか。私は思わずたじろいた。

「ま、前の中学ではマネージャーで…」
「そう。なら何を思ってマネージャーのいないこの学校のテニス部に入る気になったのか知らないけど、軽い気持ちなら時間の無駄だ。やめた方がいいし歓待出来ない」
「っ…!」
「…それとも」


幸村くんが一際にこやかに笑った。目はもちろん笑ってない。


「今から練習して高校に間に合わせるつもりなのかな。それならまだ理解できる。どちらにしろ無謀だが」


先生、この人のどこが柔和?


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