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事前に言われていた通り日付が変わる直前にパソコンの前に座った。ドキドキしながら画面を見ると、勢いよくクラッカーの弾ける音に続いて明るいお祝いの声が聞こえてきた。


「ハッピーバースデー、妹ちゃん!生まれてきてくれてありがとう!」
「要さん!」
「びっくりした?今日も可愛いね」
「もう!・・・でも、すごく嬉しいです!」
「そりゃ良かった!」


画面の向こうにいる要さんはニッコリと温かい笑顔を見せてくれた。いつもの袈裟を着て、首には幾重にも数珠が揺れている。要さんは煩悩の塊なお坊さんだけど、家族のことをいつも気にかけてくれる優しい人だ。

日本にいる兄たちから誕生日をスカイプで祝いたいと打診されたのは数日前のこと。これまでも毎日のように電話やメールをしていたけれど、こうやって改めて自分の誕生日を祝ってもらえるのは、やっぱりすごく幸せだ。


「俺が一番に妹ちゃんを祝えて最高の気分だよ。みーんな一番になりたがるから、ジャンケンで買った順番に5分ずつ交代で祝うことにしたんだ。妹ちゃんをあまり夜更かしさせられないからね」
「えっそうなんですか!?そんなこと全然気にしないのに・・・」
「そう?じゃあ10分に延ばしちゃおうかな」


今日この時間のためにみんなそれぞれの都合をやりくりしてくれたらしい。日本は夕方の忙しい時間帯なのに・・・。優しい心遣いに感激する。兄弟たち、特に年上の兄たちと話すときは未だにちょっとだけ緊張するけど、最初に比べて随分打ち解けられたと思う。その矢先に決まった留学だった。

ふと、要さんが真剣な表情になった。


「それはそうと妹ちゃん、そっちは朝晩氷点下になるんでしょ?ちゃんと暖かくしてる?風邪なんて引いてない?」
「はい、なんとか」
「そう。じゃ、男に告白されたり、酔った勢いで男とイチャイチャしたりしてない?誰にでも気を許したり、してないよね?」
「ええっと・・・」
「なに?その間は。まさか思い当たる節があるの?俺ショックで寝込んじゃうよ?」
「か、要さん!」


子どものように不貞腐れた顔をした要さんは、「冗談じゃないからね」と念をおした。


「前にも言ったけど、妹ちゃんが留学してからみんなどこか不満気なんだよねー。物足りないって言うの?」
「そ、そんな」
「さすがに簡単に会いに行ける距離じゃないし、俺もこの世に生を受けて四半世紀以上になるけど、これほど青いネコ型ロボットにお世話になりたいと思った年はないよ」
「あはは、私もです」


要さんの胸元にいつかの海で見た剣のタトゥーが覗いていた。だいたい、お坊さんのくせにはだけすぎなんだよね・・・ドギマギしてしまう。要さんは手元のコップから水を一口喉に流した。


「ウチの学生たちは冬休みにそっちに行く計画立ててるよ?ふーちゃんは無理だけど。英語の得意な祈織はいいとして、残りは大丈夫かなあ。ゆーちゃんはテストが危なそうだし」
「わあ、でも、会えたら嬉しいです」
「俺も行きたいんだけどね、坊主は年末年始も忙殺されるからねえ」
「ふふ、頑張ってください」
「あれっ妹ちゃんひどくない?上手くあしらうの本当に上達したよね」


「困ったな」と苦笑する要さんに心が和んだ。だから突然要さんの声のトーンが低くなってドキリとした。


「ねえ、妹ちゃん・・・つらくない?」
「えっ」
「つらくない、わけないよね。一人で言葉も文化も違う見知らぬ土地に行って。ストレスだってたまるよね」
「・・・・・・」
「俺は正直、妹ちゃんに傍にいてほしい。でもきみの夢も応援したい。満足いくまで頑張ってほしいけど、無理しないでつらくなったらいつでも帰ってきてほしい。・・・ワガママだよね」
「要さん・・・」


要さんの艶っぽい瞳が私を見つめる。声が少し掠れているように聴こえるのは、気のせいだろうか。要さんはまたコップの中身を口に含む。あれ、お酒なのかもしれない・・・。


「ウチの兄弟みんながそう思ってるよ。きみの重荷になっちゃいけないから、抑えてるけど・・・言っちゃった、ごめんね?」
「・・・要さん、」
「俺たちには言いにくいこともあるかもしれないけど、できることはさせてほしい。だって・・・家族でしょ?」
「はい・・・」


ずっと家族が欲しかった。仕事で家を空けてばかりのお父さん、大好きだけど、もっと隣で話を聞いて欲しかった。再婚しても両親は相変わらず家にいないけど、今はこんなに私のことを考えてくれる人がいる。胸の奥から熱いものが込み上げてきた。

私が黙って涙を拭うのを、要さんは優しい眼差しで見ていた。この人の言葉に何度救われてきただろう。お坊さん、なんだかんだ向いてるのかな。


「ありがとうございます、要さん・・・頑張ります、みなさんの気持ちに応えるためにも」
「・・・うん。応援してる、誰よりも」
「要さん・・・!」
「それと、できればこっちの気持ちにも応えてほしいんだけど?」
「えっ」


チュッというリップ音と、「愛してる」という熱の入ったセリフがヘッドフォンから鼓膜に届いた。不意打ちの事件に飛び上がった瞬間に要さんの方でタイマーが鳴った。


「残念、時間だ。次はすばちゃんだなあ」
「かかかかかなめさん・・・!」
「・・・またね、可愛い可愛い妹ちゃん、お休み。いい夢見てね」


要さんが席を立ってからも、心臓は早鐘のように打っていた。どうしよう、顔赤くないかな。要さん、なんてことを言い残すんだ・・・!次は昴さんとお話しするんだから動揺したままじゃだめ。気持ちを切り替えないとだめ、だめなのに。



でもあの甘い囁きが、ずっと耳から離れないんだ。






凍華お誕生日オメデトー!
(2011.12.11)



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