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「なァ、まだ拗ねてんのかよぃ」
「・・・・・・」
「そんな強くやられたわけじゃあるめえし」
「・・・うっさいです!」
「はいよ、悪かったな傷口に塩塗って」


そう言ってマルコ隊長はクックッと笑いながら立ち去っていった。何が可笑しいのか。

夜の風が私の髪を浚ってそよぐ。外には最低限の見張りしかいなくなった。さっきイゾウ隊長に張られた横っ面の痛みはもう引いているけど、心はまだジクジクと膿んでいる。それを分かっていて笑ってくれるマルコ隊長はやっぱり優しい。でも今はその優しさに応える余裕がない。


あんなイゾウ隊長は初めて見た。普段飄々としているあの隊長があそこまで声を荒げて私を怒鳴るなんて。秀麗な眉を吊り上げて、瞳はカッカと燃えていた。それでも拳じゃなかったのは情けなのか。自分のしたことは、そんなにあの人を豹変させるものだったんだろうか。

ただいつものように敵船とドンパチやっていただけ。私はその時誤ってイゾウ隊長の銃口の先に踊り出てしまっただけだ。絶対にやるなと口すっぱく言われていたことだった。でも、わざとじゃなかったんだ。

あの時の隊長の顔は忘れない。サッと怯えるような顔つきになり、それが瞬時に怒りに変わったのだ。私は怖くて怖くて、敵そっちのけで縮み上がってしまった。ビンタされた後も何も言えず、こうやって船の隅です拗ねてるだけ。自分が子供っぽくて本当に嫌になった。


イゾウ隊長、今何してるのかな。





「―――娘っ子がこんな冷える夜中に外にいるもんじゃねえなあ」
「っ!」
「膝、丸めてるじゃねえか」

びっくりした。想っていたら、本当に現れた。船内からフラリと出てきたイゾウ隊長は、ガウンを纏いながら普段と変わらない笑みを浮かべていた。


「どうしたよ、幽霊でも見たようなツラして」
「・・・・・・まだ叩き足りなかったんですか」
「プッ」

イゾウ隊長は子どもみたいに腹を抱えて笑った。昼間のことなど何も気にしていなさそうな無邪気な隊長に、少し戸惑う。

「まだ拗ねてんのか。おこちゃまだなァ」
「・・・・・・」
「ま、そんな縮こまってちゃ勿体ねえぞ。今夜は月が綺麗だ」
「・・・・・・!」

しゃがんでいて分からなかった。空を見事な三日月だった。月明かりの下、甲板で伸びをするイゾウ隊長は男性とは思えないくらい綺麗で、惚けたように見とれてしまった。誰よりも夜が似合うその男は、薄く笑みながら船のへり近くの私の元まで歩いてきた。コツ、コツという静かな靴音。


「俺に張り飛ばされたのがまだ納得いかねえのか?」
「・・・張り飛ばされてなんかいません。踏ん張ってました」
「ほお、重くなったんだな」
「!?」
「嘘だよ」


ドキりとした。イゾウ隊長があまりにも優しい甘い声で言うから。暴れる心音を抑えながらそろそろと立ち上がった。隊長と二人並んで、海面で揺れる月を眺めた。


「・・・お前のことに関しちゃ、世話焼きすぎだって周りに言われるよ」
「えっ・・・」
「オヤジは好きにしろって言うがな。でっけえなあの人は」
「あの、何を」
「お前には分からねえか?」

イゾウ隊長は私より頭一つ二つ高いから、どうしたって見下ろされる姿勢になる。けれども私は包みこまれるようなその角度が好きだった。


「難しいもんだな、『大切』っていうのは」
「?」
「今日お前をことさら叱ったのは別に子供扱いしてるわけじゃねえぞ。叩いたことを後悔もしてねえ」
「・・・何がいいたいんですか」
「察しろよ。趣がねえなあ」
「な!」

イゾウ隊長はクスクス笑いながら、いかる私の肩に自分のガウンをかけた。それが流れる自然な動作だったので私は思わず言葉を飲み込んでしまっ。イゾウ隊長の匂いで気持ちがふわふわする。私、なんでこんなにこの人に振り回されてるんだろう。


「ま、お前へのお叱りが他のヤツより厳しいのは俺のエゴかもしんねえ」
「!!」
「仕方ねえだろ、他のヤツより気にかけてんだからよ」
「えっ・・・」
「俺は自分の銃弾の行き先くらい自分で決めてるつもりだ。でもそれでも気をつけてほしいと思う程度にはお前が心配なんだよ」
「・・・・・・」
「大事なんだよ」
「・・・・・・」
「俺を勝手だと思うか?」


そんな、すべてわかったようにニヤリと笑わないでください。

勝手だよ。主導権は全部隊長じゃない。それなのに嬉しくて、胸がキュンとしてたまらないなんて、そんな。


「ハハッ、泣くことはねえだろ」
「〜〜!!」
「ほら、顔上げろ」


クイッと顎を掴まれ、イゾウ隊長にぐっと顔を寄せられる。細く長い指がツー・・・っと私の唇を滑った。

「荒れてんなあ」
「っ!!!」
「泣くのはやめ。せっかくの顔が台無しだぜ?」
「たっ、たいちょ・・・」
「な?」
「ひっ!」

ペロッと唇をひと舐めされて危うく呼吸が止まりそうにった。

「ななななな何を・・・!!!?」
「おっ泣き止んだな」
「イゾウ隊長!!」
「なんてな。唇に塗る薬なら俺の部屋にあるけど?」
「えっ」
「来るか?」


誘ってるんですか?


そう聞くのが野暮に思えるほど、月を背負ったイゾウ隊長は妖しく、ゾクリとするほど美しかった。





白ひげ海賊団の方に向かって土下座せねばなるまい!


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