つうっと彼女の頬を伝った涙に自分でも気付かないうちに眉を寄せていた。彼女が泣く理由が分からなかった。今まで話していた内容を遡っても、涙を流すような要素が見当たらなかった。
「ねえ、どうして泣くの」
「っ・・・・・・」
「黙っていられたら分からないな」
少しピリピリしていたのもあって口調がきつくなる。彼女は怯えたように顔を手で覆って首を横に振るだけだった。どうして。何が違うというんだ。君は今何に対して首を振っているんだ?
「泣くだけ泣いてだんまり決めこまれたらどうしようもないだろ」
「っ・・・・・・」
「俺はただ毎日お弁当を作ってくることはないよって言っただけだよね?君の負担のことを考えて」
それは先ほど彼女が提案したことだった。付き合っている間今までも何度か彼女が俺にお弁当を作ってくれたことはあって、その度に美味しくいただいてきたのだけど、さすがに毎日というのはやりすぎじゃないかと思った。まだ学生だし、バイトもしていないから積もり積もれば金銭的にも結構な負担になるだろうし。彼女も毎朝早いのは大変だろう。だから俺は丁重にお断りしたのだ。
そしたらこれだ。君の心はガラス製なの?
いつの間にか流れていた重い空気に耐えられなくなったのか彼女は顔を伏せたまま校舎の方へ走り去っていった。俺は放課後の中庭に取り残された。結局何も分からなかった。まあ時間も時間だし部活に行こう。彼女にはまた話せばいい。そう思って、俺はテニスコートの方へと足を向けた。
「追わんでいいんか?」
「・・・盗み聞き?お行儀が悪いね、仁王」
「お前さんらが勝手におっ始めたんじゃ。それよりいいんか」
木の陰から悠々と現れた仁王はクイッと彼女が消えた方向を顎で指した。
「いいに決まってるだろ。お前も早く部活に行かなきゃ」
「逃しちゃいかんタイミングってのはあるんじゃないか?」
「何が言いたいの」
「幸村は彼女の気持ちを何も分かっとりゃせん」
「何だって?」
「彼女は何でお前に弁当を作ろうと思ったんじゃ」
なんでって、そりゃ
・・・・・・なんでって
「俺に食べて欲しいんだろ、彼氏なんだし。お礼もきちんとするし」
「もちろんそうじゃ。じゃけどこの時期に言い出した理由は?」
「いい加減にしな。部活遅れるよ」
イライラする。なぜ仁王はこんな何もかも分かった様子なんだ。俺が何を知らないって?
仁王は俺の肩にポンと片手を置いた。身長はほぼ同じなので、目線がモロにぶつかった。
「女の子が、みんなお前みたいに強いわけじゃないぜよ」
「何を・・・」
「彼女はお前を繋ぎとめたかったんじゃ。考えてみい。お前ときたら退院してから練習練習練習練習ばっか。正直オーバーペースにも見える」
「・・・自分の体調くらい管理する。ブランクがあるんだから練習するのは当然だ」
「お前にとってはな。でも彼女にとっては?」
何を。何を今さら。彼女は俺はテニスがあってこそだってもう分かってるはずだ。
「だからそれを彼女がお前自身と同じように理解しとると思ったら大間違いナリ」
「、」
「お前、彼女が入院しとる時もそっとしておいてくれたからって今もそれを彼女に求めとるじゃろ。言葉に出さんでも自分のことを分かってくれとると考えてないか?」
「仁王・・・・・・」
「退院したからこそ彼女は幸村といたいし、もっと色々関わりたいと思うじゃろ。なのにお前はテニスばかり」
「仕方ないだろ!今は大事な時期なんだ。部活中心の生活だろ!」
「それは彼女も分かっとる」
仁王は静かに言った。
「だから『もっと話がしたい』でも『一緒にいてほしい』でもなく、『毎日お弁当を作らせてほしい』って言ったんじゃ」
「っ・・・・・・」
「何で俺がこんなに彼女のことを分かってるのか?って思うじゃろ?簡単ぜよ。俺たちも同じナリ」
「え」
「お前が辛いのは分かる。幸村の重荷は俺たちが理解できるもんじゃないかもしれん。それでも、お前が話してくれるなら辛さを分かちあいたいとも思う。お前が全部一人で抱えるからなかなか言えんがな」
「・・・・・・!」
目を丸くする俺の顔を覗きこみながら、仁王が小さく微笑んだ。
「お前が大変なのは分かる。でもだからって彼女のことを無下にしていいわけじゃない」
「っ・・・・・・」
「彼女がお前の負担にならんようにと考えた精一杯の繋がりを、理由も考えず平気で断ち切っていいわけじゃない」
目を閉じると彼女の泣き顔が浮かんだ。
俺は彼女の後を追って走り出していた。分からなかった。分からなかったよ正直君の気持ちなんて。自分で言うのもなんだけど今はテニスで頭がいっぱいだったんだ。そして君が隣にいるのが当たり前すぎて、気を払わなくなっていたのか。君は不安になったんだろうか。でも決して君がどうでもいいわけじゃないんだよ。
仁王に諭されたっていうのが少しシャクかな。アイツ意外とああいうとこ鋭いよね。思えば最近君といるときはいつもテニスの話ばかりになってしまっていた。こんなことだっていくらでも話のネタに出来るのにね。
君の細い背中を見つけた。肩を叩けば、君はびっくりして振り返るだろう。その時泣いていないといいなって思うのは、俺の男のワガママ。色々分かっていたつもりだったけど、君を泣かすくらいだから俺は何も分かっていなかったんだね。ああ、青春にはまだまだ勉強しなければならないことがたくさんあるみたいだ。
TheTopの曲名お題企画に提出しました。時間かかってすみませんでした・・・