この人がすき(シカマル) | ナノ
「これなんてどうだ?」
「・・・ちょっとヒールが高過ぎるかな」
「そっか。確かにな」
シカマルは黒いパンプスを靴入れの元の場所に戻した。もうここにある靴はあらかた探してしまった。シカマルも困ったように腕組みをしている。
「・・・ごめんねシカマル」
「あ?もう謝んなって言ったろ」
「でも」
「あーハイハイ、こんな問答繰り返す暇あったら手を動かそうぜ」
そう言いながら笑うシカマルにズキンと胸が痛んだ。
そもそもこんなことをしているのは、わたしの通学用のローファーが誰かに隠されてしまったからだ。卒業間近のこの時期に買いなおすのもアレなので何とか代わりになるものを探すと言ったら、シカマルが手伝うと言ってくれた。そして今二人でわたしの家にいる。
惨めで仕方なかった。友達思いのシカマルに、嫌がらせされていることがバレてしまったのが悲しかったし、こんなことに協力してもらうのも情けなかった。それなのに隣にシカマルがいることに安心して、帰ってくれと言えない。自分の精神の琴線が薄皮一枚で繋がっていることを思い知った。
シカマルはわたしが靴を隠されたこと自体について何も聞かない。シカマルが何を考えているのか分からなかった。
シカマルは小首を傾げながら口を開いた。
「ダメだな。思いつく知り合いにはあたってみたが通学用のローファーなんてそう持ってるもんでもねえしな。卒業したテンテンはもう捨てたらしいし。いっそ古着屋とかなら安く買えたり・・・」
「シカマル」
「ん?」
「ごめん・・・」
「・・・・・・」
わたしはそのまま床にへたりこんでしまった。その隣にそっとシカマルもしゃがみこむ。
「俺謝んなって言ったよな」
「・・・うん」
「それは何に対しての『ごめん』なんだ?」
「・・・・・・」
「迷惑なんて、思っちゃいねえんだよ」
シカマルの優しさが身に滲みた。今嫌がらせのことについて話せばわたしが傷つくと思って、犯人のことは聞かない。それ以外でできる限りのことをしようとしてくれている。シカマルもわたしに対して探り探りやっていることが分かった。
「・・・もういいよ」
「・・・・・・」
「わたし、そんな優しくしてもらう価値ないよ」
「・・・・・・お前」
「ごめんね、ごめんね」
犯人なら分かってた。この前母親の再婚で偶然従姉妹になった隣のクラスの女の子二人。親族の新入りのくせに物珍しさからかちやほやされるわたしが疎まれていたのは知っていた。
こんな身内の話のこと、シカマルに言えない。それなのに迷惑をかけて、心配させて、ただの友達にここまでしてくれるシカマルに本当に本当に申し訳ない。
「ごめん、ごめん」
「・・・・・・」
「シカマル、ほんとに・・・」
えっ
頬に温かいものが触れた。
シカマルが後ろからわたしを抱きしめるようにして、頬っぺたと頬っぺたをくっつけていたのだ。わたしの右頬とシカマルの左頬がぴったりくっついている。突然のことに頭がついていかず、でもシカマルの方を向くこともできなくて。
「あったけえ」
「っ!?」
すぐ近くで、死ぬほど優しい声がした。身体が固まりそうなほどゾクリとしたけど、心臓は大きく跳ねた。まるで息を吹き返したみたいに。
『あったけえ』
なぜだろう。なぜだか、その一言が薬みたいにわたしの心に浸透していった。
「しか、しかまる・・・!」
「これ以上『ごめん』って言ったら許さねえ」
「っ、」
わたしの右手にシカマルの右手が絡まって、ぎゅっときつく握られた。ふにゃりと力が抜けたわたしを、シカマルが身体で支えてくれる。
シカマルは慎重に言葉を選んでいるみたいだった。少し口をつぐんだあと、静かにこう言った。
「俺だって慈善事業でやってんじゃねえ。お前のために何かしたいと俺自身が思ったからここにいる。お前に迷惑がられることはあっても、俺への迷惑なんて考えなくていいんだ」
「・・・でも「それでも、もし」
頬に触れた感覚で、シカマルが微笑んだのだと分かった。
「もし、俺になにか言いたいんなら、」
「・・・・・・」
「『ごめん』より『ありがとう』の方が100倍嬉しいね」
「っ・・・・・・!!」
ドキンドキンと、心臓がさっきまでと違う動き方をする。
「あっ今お前びっくりした顔してんだろ。見えないけど分かるぜ」
「し、シカマル」
「ん?なんだよ、言いたいことあんなら俺の目見れば」
「目って・・・!」
「おっ恥ずかしいのか?」
「!!!」
なんだろう。シカマルといると安心する。でもちょっぴり切なくて、どうしてだか苦しくて、緊張して、自分が自分じゃないみたいになっちゃう。
ああ、これが恋か。わたし、シカマルのこと好きなのか。