恋人は忍者 | ナノ
「べつに?ネジが任務でいないのなんかしょっちゅうだし?ていうか月の半分以上はいなかったりするし?だからそれが私の誕生日に被る確率も高かったとかそんなの分かってるし?今さらそんなので動じませんみたいな??」
「いいからとりあえず涙拭きなよ」
「うう・・・」
私にハンカチを渡しながらサイは困ったようにクスリと笑った。ここは甘栗甘のテーブル席の一角で、バイト上がりにこういう風にサイとお茶を飲むことが度々あった。私の勤めるこの店がサイの家に近いというのもあって最近よく話すようになったのだけど、良くも悪くも正直な貴重な友達である。
「ネジさんもずいぶん残念そうにしてたんだろう?それに明日には帰ると聞いたよ」
「うん・・・まあそうなんだけどさ・・・なんだかんだ今までは一緒にいれたからさあ・・・」
「こればかりはね。じゃあコレ、ボクからのプレゼント。誕生日おめでとう」
「!!!」
びっくりした。まさかサイからもらえるとは思わなかった。目を丸くして差し出されたプレゼントの箱とサイの顔を何往復も眺めていると、サイは少しきまり悪そうに赤くなった。分かりやすい照れ方だ。
「こういうもんなんだって聞いて・・・仲良くしていきたい友達にはプレゼントをあげるものだって、だから」
「・・・うん!ありがとう、すっごく嬉しい!開けてみてもいい?」
「、いいよ」
緊張した面持ちになったサイを尻目にできるだけ丁寧に包装を剥いだ。出てきたのは絵の具のセットと、額に入った・・・薄く笑う私の横顔の似顔絵。間違いなくサイが描いたものだ。
「・・・すごい・・・」
「そんなたいそうな絵の具じゃないよ、でも前に君が興味ある感じだったから」
「それもだけど、絵!!めちゃめちゃ上手いよ・・・本当にありがとう・・・!」
「ああ、ちゃんと実物より三割増しにしておいたよ」
「アアン!?」
「なんてね」
クスクス笑うサイは、そっと絵の中の私を指差した。
「これ、君がネジさんを遠くから見てる時の顔だよ」
「えっ!!?こんなににやけてんの!?」
「にやけ・・・・・・まあ、少なくともボクはすごく優しいいい表情だと思ったよ。だから描きたかった」
「・・・・・・!」
「ね?」
まじまじと絵を見てみる。自分で見たら顔の筋肉弛緩しまくりな気がしたけど、他の人からしたらまだマシな方なのだろうか。だけど絵の中に流れる穏やかな空気がとても心地よくて、私はぎゅっとその絵を抱き締めた。
「ありがとうサイ、11月25日には期待しててね」
「えっ・・・知ってたの?ボクの誕生日」
「もちろん!友達だもん!」
「・・・・・・」
サイが嬉しそうに目を細めるのを見て、私も思いっきり笑ってみせた。
「本当にありがとう!サイのプレゼントのおかげで寂しさが紛らわせそう!」
紛らわせなかった。
「ネジ・・・」
深夜、布団の中で無意味に寝返りを打つ。もう日付は変わってしまった。たくさんの人にお祝いしてもらってすごく幸せな一日だったけれど、やっぱり一番祝ってもらいたい人が傍にいないのは悲しい。寂しい。
ネジ、よく眠れてるかな。今の時期夜なんかは結構肌寒いから、ネジが暖かく過ごしていてくれるといいなあと思う。ネジが安全に、無事に帰ってきてくれたら何もいらなかったのに。
「ネジ・・・」
眠れない。暗闇の中でぼんやりと呼吸する。私、欲が出てきちゃったみたいだ。そんなのつらいだけだって分かってるはずなのに。分かってるはずなのに・・・
ガタンッ
「!!?」
ガバッと飛び起きた。なに?なんか・・・今、物音がした!!おそるおそる辺りを見回し、時計が目に入った瞬間縮みあがった。
「に、2時・・・」
丑三つ時である。化け物が出ると言われる時間である。そういうのはあまり信じないタチだったのに、元々不安だったのもあってなんだか急に恐ろしくなってきた。
「か、風だよね、きっと「ダンッ!」ヒイイイイイイ!!!」
慌てて布団に潜りこんだ。・・・・・・でも、家のごくごく近くで音がした気がして、気になって気になって仕方なくて。それに窓から覗く星空がとても綺麗だったから、精神衛生上よくないものは出られないような感じがした。そこでそろそろとベッドを脱け出し、おそるおそる玄関まで歩いた。そこで一つ深呼吸して、腹をくくってドアを開けた。ら。
「えっ・・・・・・ネジ!?」
「・・・はあっ・・・はっ・・・」
今度こそ仰天した。玄関の脇で崩れ落ちるようにうずくまっていたのは、息を切らしたあのネジだった。分厚い外套を羽織って、荒い息で顔を紅潮させている。正直すごく性的・・・じゃない、びっくりだ。
「ど、どうしたのネジ!?任務は!!?」
「・・・っ、今は・・・何時だっ・・・!?」
「時間・・・?2時だけど」
「・・・はっ・・・間に、合わなかったか・・・」
「は!?え!?」
とりあえずネジを家に招き入れ、手近な椅子に座らせて背中をさすってみた。すごく汗をかいているみたいで身体が熱い。まさか体調でも悪いんだろうか。
「大丈夫・・・?調子悪かったの?」
「・・・っ、・・・違う」
「え?」
「任務は・・・もう終わった。安全が確認できたから、俺だけ先に帰ってきた・・・お前の、誕生日に、間に合いたくて・・・」
「っ!!!」
だいぶ息が整ってきたネジが、ボソッと「間に合いは・・・しなかったけどな・・・」と呟いた。私の方が息が止まりそうだった。
えっ じゃあネジは、私のために無理をして早く戻ってきたというの。上忍であるネジがこんなに息も絶え絶えになるなんて相当急いできたに違いない。急いで、遥か遠い道のりを走ってきてくれたのだ。私のために・・・
「ネジ・・・」
「すまない、遅れて・・・本当は一番に祝ってやりたかった」
「そんなっ、」
ネジの辛そうに下げられた眉と苦しそうな表情に胸がしめつけられた。誕生日にネジがいなくて寂しいなんてワガママを言っていた自分を殴りたくなった。ネジはこんなに大変な思いをして会いにきてくれたのに。
「そんなのいいよ・・・ネジのその気持ちだけで充分すぎるほど・・・」
「・・・・・・」
「ネジ?」
ネジが食い入るように一点を集中して見ているのに気づいた。視線の先を辿ってみると、夕方飾ったサイの絵に行き当たった。
「あれは・・・」
「サイにもらったの。誕生日プレゼントで。あれがどうかした?」
「・・・はあ・・・」
ネジが唐突に下を向いてため息をつくものだから、私は首を傾げるしかない。
「ネジ?」
「無理だとは分かっていた・・・」
「え?」
ネジは俯いたまま話す。
「一番に祝うのは・・・でも・・・他の男が先に渡すのは、どうも気に食わない・・・」
「!!!」
「幻滅するならしてくれ・・・・・・」
むしろ感動で震えていた。まじで?えっ?ネジが?焼きもち・・・!?!真剣にブルー入ってるネジには悪い気がしたけど顔のにやけが抑えられない。そこでネジがいきなり顔を上げるものだから表情を元に戻すのが大変だった。
「な、なに?」
「・・・遅くなってしまったが」
「・・・・・・」
「これを、」
ネジは外套の懐を探って、神妙な面持ちで綺麗な桃色の手のひらサイズの袋を取り出した。そして私の右手を引いて、そっと握らせた。目で促されるまま開けてみると、紅い珠を贅沢にあしらった華奢な髪飾りが一つ。私が木ノ葉で見たことのあるどのものよりも美しかった。一目で値が張るものだと分かった。
「ネジ・・・」
「何がいいかとずっと考えていた。そしたら今回の道中に、女物の髪飾りの店があって」
「・・・・・・」
「一応、お前に似合いそうなものをと・・・」
ああ、愛しい。照れくさそうに顔をそむけているネジの頭から爪先まで全部全部愛しい。感極まってぎゅっと抱き着くと、ネジは一瞬身をかたくしたあと優しく抱き締めてくれた。背中に手のひら大の温もりを感じる。
「ありがとう、本当に・・・ありがとう」
「気に入ったか?」
「とんでもなく。・・・でもね、ネジが無事に、急いで帰ってきてくれたことが一番嬉しかったよ」
「そうか・・・」
「うん、本当にありがとう」
あなたが隣にいてくれることは、奇跡じゃなくて、あなたに支えられていることなのだと分かりました。