恋人は忍者 | ナノ


「はあ〜〜」
「?どうしたんですか先輩?」


甘栗甘でのバイト中、従業員の先輩の一人が大きなため息をついた。いつもは元気で愛嬌があると評判の先輩なのに、今日は何かに憑かれているみたいにどんよりと沈んでいた。

「名前か・・・アンタはいいよね悩み無さそうで」
「いやそんなことないんですけどそれどういう意味・・・何かあったんですか?」
「それが何もないの」
「は?」

先輩は皿洗いをしながらガクッと肩を落として、憂鬱そうに語り始めた。


「私付き合って1年以上になる彼氏がいるんだけどさあ」
「あ!あの蕎麦屋の兄ちゃんですよね!ネジと時々行きます」
「そっか・・・あんたたちも結構長いか。ならやばいかもね」
「え?」

先輩は物憂げに私を見た。

「倦怠期よ」
「け・・・けんたいき?」
「そう。要は長く付き合って飽きたのね。アイツ最近キスもしないし・・・会いにもこないし・・・女いたらブッ殺す」
「ちょ、待って下さい!」

私は慌てて居住まいを正した。どうやら他人事ではない話の流れである。恋人に飽きられる?その発想は無かった・・・だって私は、息つく暇もないくらいいつもネジが好きだから。


「倦怠期の兆候とは・・・具体的に言うとどのようなものなんですか?」
「んー、まあ、気を使わなすぎるとか?自然体になりすぎるとマジ空気になっちゃうからね、相手の存在」
「ほお」
「あとは言いたいこと何でも言いすぎ・・・とか、初めみたいに触ってこなくなるとか?女として意識されてない?みたいな?」
「・・・・・・」


サーと顔から血の気が引くのがわかった。

ど、どうしよう。ネジに当てはまってない・・・とも言いきれない。ネジ、私がいても放っておいて平気で本は読むし瞑想とかするし。瞑想とか彼女といるときにすることか??と切実に思う。それに言いたいことというか、ネジにはよく怒られるし。たまに容赦なく頭叩かれたりグリグリされたりする。地味に痛い。

しかも、キスとか諸々とか、最後にしたのいつ?あれ、いつだっけ?やばい思い出せない。頭がぐるぐるして、手に汗をかいていた。


バクンバクンと嫌な風に胸が鳴った。時計を見ると5時。あと1時間でバイト上がりで、ネジが迎えに来るはずだった。






「もう準備いいか?」
「うん・・・ありがとう」
「どういたしまして」

任務帰りに寄ってくれたネジは私が出て来るのを待って歩き始めた。隣を歩いていると背筋を嫌な汗が伝った。

どうしよう。ネジに飽きられてたらどうしよう。考えただけで泣きそうになる。試しに手を繋いでくれるか見てみようと思ったんだけど、今日のネジは重そうな任務の書類を抱えていてそれどころじゃない。なんだか神様に宣告されたみたい。どうしよう。どうしよう・・・


「おい」
「え、」
「大丈夫か?顔色悪いぞ」
「あ・・・」

ネジが怪訝な表情で私を見ていた。忘れてた、この人の洞察力の鋭さ。

「だ、大丈夫」
「嘘つけ。じゃあお前さっきの俺の話を聞いてたか?」
「えっ・・・何だっけ」
「・・・今から行くのは俺の家でいいのか?と聞いた」
「あ、うん・・・」
「・・・・・・」

気まずい。何だこの気まずさ。お互い一言も喋らなくなってしまった。ネジ怒ったかな。もし飽きられていたとして、それに怒りなんて加わったら・・・ダメだ、終わりだ。昨日まではそんなこと全く考えてなかったのに、意識したらこんなにもヒヤヒヤするなんて。


ネジの家に着いてからも奇妙な膠着状態は続いた。ネジがお茶を淹れてくれる間、私はずっと椅子で膝を抱えていた。

「お茶、入ったぞ」
「あ、ありがとう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

ネジの淹れてくれた緑茶をすする音だけが、この沈黙をかき消してくれた。お互い向かい合わせで黙っている。時間の流れがいやに遅い気がした。


考えてみればずいぶん長いことネジと一緒にいた。半分以上ネジは任務で里を出ていたけど、帰還を待つ間も毎日ネジのことを考えてた。任務が大変なネジはそこまで私のことを思い出す余裕がなかったかもしれないな。

私とネジ、全くと言っていいくらい性格の違う二人がここまでやってこれたのはすごいことなのかな。口論もいっぱいしてきたけど、そのたびにネジのことをもっと知れたし、仲直りしたあとにはさらにネジが大好きになってた。うん、やっぱり私ネジが大好きだよ。


・・・もう、良くない?こんなギスギスしたの嫌じゃない?この際はっきりネジに聞こう。それでもしブラックだったら、またアタックすればいいことなんだ。また好きになってもらえるよう頑張る。よし、聞こう。


「「あの・・・」」

お互いハッと息を呑んだ。わ、どうしよう、どうしよう。

「ね、ネジから先にどうぞ・・・」
「いや、お前からでいい」
「そんな・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

ネジの目もいつもより切なげな気がした。ネジの瞳と見つめあううち、さっきまでの問い詰める勇気なんかどこかへやら消えてしまった。代わりに唇がわなわなと震えた。



「ご・・・」
「?」
「ごめんなさいいいいいいい!!!」

ガバッと勢いよく頭を下げた。膝の上で握りしめた拳も震えている。涙腺が、もう、決壊しそうだった。

空気でネジが動揺したのが分かった。

「は・・・?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!ダメな女でごめんなさいズボラでどんくさくて使えない女でごめんなさいいいい!」
「ちょ、落ち着・・・」
「私頑張るから・・・頑張ってネジに見合うような女になるから!私ネジが大好きだから!」
「っ・・・・・・!」
「・・・だから・・・飽きないで・・・」
「・・・飽きる?」


ネジの訝しげな声音にゆっくり顔をあげた。既に涙は頬を伝ってしまっている。ネジは慎重に、言葉を選ぶように言った。

「飽きる・・・とは一体どういうことだ?」
「ね、ネジが私に飽きちゃったんだと思って。倦怠期じゃないかって」
「・・・・・・一応聞くが、そんな入れ知恵を誰にされた?」
「?バイト先の先輩に」
「はあ・・・そっちもか。余計なことを」
「え?」


ネジは脱力したように肩を下ろした。私には何がなんだかさっぱり分からない。ぽかんとしている間に、ネジはハンカチを取り出して私の涙をそっと拭ってくれた。安堵したような優しい笑顔だった。


「俺はお前に飽きてなんかいない。だから泣き止め」
「う・・・嘘だ!だってネジ私に何でも言うし!叩くし!」
「・・・それは付き合い始めた頃からだろう。良くも悪くもお前が変わらない証拠だ」
「あっ」

そう言えば。ネジって最初からズケズケものを言うタイプだったかも。私はそれで落ち込むこともあったけど、何より飾らない関係が心地好くもあったはずだ。何で忘れてたんだろ。


「でっでも!!最近恋人らしいこと何もしてないよ!これについてはどう弁明するのかね?ん?」
「・・・お互い任務や仕事が忙しくてここ数週間時間がなかっただろ」
「あっ・・・そうか」
「ちなみにこうしてゆっくり会うのは三週間と二日ぶりだな」
「へえ・・・」


なんだ、私の思い違い・・・?いや、安心するのはまだ早い。

「じゃあ聞くけど!なんで私がいるときに瞑想とかするわけ?図的にも変だよ!」
「・・・っ・・・それは・・・」
「ん?」
「・・・・・・煩悩が多いときにやる方が、効果が高いかと思って・・・」
「?」

なぜかネジは少しきまり悪そうにしている。追及しようとしたら「その話はいい!」と切り上げられた。釈然としない。


「・・・それならさ、さっき何であんな気まずかったんだろ。私の方はこうして落ち込んでたわけですけど」
「ああ、俺も今日同じことを言われたんだ」
「え!?倦怠期って?」
「そう。一緒に組んだキバにな」

ネジははあ、と疲れたため息をついた。

「聞かれたのでお前とのことを少し話したんだ。そしたら『それは気を遣われてなさすぎだ、意識されてないんじゃないか』と言われた」
「えっ・・・それはネジが私に??」
「ああ。俺の前でも平気で一日中パジャマでいるとか」
「うっ」
「俺の前でも平気でゴロゴロしながら菓子を食べてマンガを読むとか」
「げっ」
「俺の前でも「やめてええええ!!」

ネジったら一体普段何の話してるの!!?息を切らしている私を見て小さく笑い、ネジは静かに話し始めた。


「―――思えば俺はどこかで不安だったのかもしれない。任務でいつも長期間里を空ける俺が、どのくらいお前を繋ぎとめられていられるのかと」
「・・・・・・!」
「お前には別の縁も出会いもたくさんある・・・俺は、その時必ずしも近くにいられるわけじゃない」
「・・・・・・」
「だから、」
「私も・・・・・・」
「・・・!」
「私も、同じことを思ってたよ・・・」
「・・・・・・そうか」


悲しくなんてない。むしろ幸せで死にそうなのに、涙がまた溢れてきた。ネジは「しょうがないな」と微笑んで、わざわざ席を立って私の隣に座り、肩にもたれかけさせてくれた。その温かさにひどく安心する。

私、ネジと私は正反対の性格だと思ってたけど、そうでもないのかも。大事なとこでちゃんと通ってるから、こんな長い間一緒にいられたんだね。これからも色々大変なことがあるかもしれないけど。ネジとならやっていけそうだって、強く強く思えた。ネジも私と同じ気持ちだといいなあ。




「というわけで先輩!私たちのとこは全く問題なしでした!えへへへへ」
「殺す」


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