恋人は忍者 | ナノ


私とネジが出会ったときの話をしようと思う。あれは2年?3年?くらい前の夏の暑さが本格化した時期だった。私はちょうど知り合いの茶店で学業の傍らバイトを始めていた。店指定の夏用の浴衣に袖を通すのが新鮮だったのを覚えている。

親はまだ働かなくてもいいと言ったけど忍者はみんな子どものうちから任務をこなしている。中には5歳から任務についた人もいるらしいしそれに比べればなんてこと。まあ小金を稼ぎたいというのが大きかった。




「きゃあ!」
「きたわよ!」
「あーんかっこいい・・・」

その頃茶店『甘栗甘』の従業員の若い女の子たちの間では注目の客がいた。常連だったテンテンさんというくの一が少し前から自分のチームメイトを連れてくるようになったのだが、その中に話題の的の少年がいた。私も入った直後に見て、少し気になっていた。


というのもその少年の容貌である。黒く長い髪をなびかせ、白い肌に白い眼、おまけに着ている服も白っぽいという様相で、第一印象はなんだか白い人がいる!という感じ。右腕と右脚にはいつも包帯を巻いていて、とにかく突っ込み所がたくさんある。

初めて彼を見たとき「不思議な格好だなあ」と言うと、先輩のバイトに怒られた。

「なに言ってんの!あの眼を見て分かんないの?忍者の名門日向一族よ!」
「日向?」
「あんたこの里にいるくせになんで知らないのよ。あーん素敵・・・マジかっこいい・・・」

日向という名くらいいくら何でも知っていた。そうかあの人が日向・・・。言われてみれば面立ちは綺麗で、凛とした空気がどこか涼しげだった。みんな隣にいる面妖な緑のオカッパは無視して彼ばかり見つめていた。そしてそれはその日も同じだった。


私は先輩たちに混じってそうっと彼を見ていた。彼はどこか安易に近寄れない雰囲気を放っていて、普段キャピキャピしている従業員たちもそわそわしているだけだった。今日の彼の注文は三色団子一串。確か前もそんなんだったような。べたべたに甘いのは苦手なのかな・・・

「・・・・・・」
「っ、!」


びっくりした。日向の彼と、目が合った。周りの先輩たちも何か騒いでるけど間違いなく私と目が合った。すると彼はそのまま私に向かって口を開いた。


「すみません、お茶のお代わりをいいですか」


そう。何を隠そうこれが私にネジが最初に言った言葉だった。低いけど澄んだ声だと思った。周りが動く前に反射的に動いた私はすぐさまお茶を持って彼の元へ進んだ。いつもトロい・鈍い・どんくさいの三拍子が揃っていると言われた私が、だ。

「た、ただ今お持ちし、」

わあっ。間近で彼を見て息をのんだ。肌と瞳はいよいよ白く、吸い込まれそうな深さで、同席していたテンテンさんとオカッパさんは視界にも入らなかった。彼は私がお茶を注ぎやすいように少し身を引いた。そこで私は―――躓いた。よく足元が見えていなかった。

バシャア!!
「ぎゃあ!」
「わっネジ!」
「大丈夫ですか?」
「・・・・・・」

イテテテ・・・と床から起き上がった私が見たのは想像を絶する光景だった。冷たいお茶が、日向の彼の前上半身をまんべんなく濡らしていた。近くに夏用の大きなお茶入れが落っこちていた。慌てて辺りを見渡したけれど先輩たちは真っ青になっていた。


日向の彼は、冷たい目で私を見据えていた。私は光の速さで頭を下げた。

「ぎゃあああああ!すっすみません!うわあああすみません!!」
「・・・・・・なぜかけたお前が騒ぐ」

ぎゃあああああ!既にお前呼びと敬語ポイだよ!相当おかんむりだよ!

「いやほんと!ほんとすみませんほんと!あああの奥にタオルがあるので是非にあの・・・」
「・・・いい。じきに乾く」
「いやこんなにかかってますし!」
「そうよネジ、拭かせてもらいなさいよ」
「風邪を引いては困りますし」
「・・・・・・分かった」

ガタッと彼は立ち上がり私をじっと見た。いや睨んだ。案内しろ、と目が言っていた。

「・・・あー・・・奥に、一名様・・・」
「早くしろ」
「ハイイイイ!!」

身を固くした私以上に固まっていたのは先輩たちだった。




私は店の奥、従業員のロッカーのさらに奥の座敷の部屋に彼を案内した。土下座をするために。

「ほんっっっとうに!!申し訳!ありませんでした!!」
「・・・・・・」
「あの、服弁償します・・・いくらか言っていただければ」
「もういい」
「え?」

彼は力が抜けたようにため息をついた。

「謝罪はもういいからタオルを貸してくれ」
「あっ・・・」

私ってバカじゃない?と一番思ったのもその時で。急いで洗い立てのタオルを持って戻り、そのまま取り落とした。彼が、上の服を脱いでいたから。包帯だらけの裸の胸を見た瞬間くらりと甘い目眩がした。

「っ・・・・・・!」
「?何を固まっている?早くタオル」
「はっはい!」

彼は何も気にしていないようで、まずタオルで丹念に髪を拭いた。解き放たれた長い黒髪は真っ直ぐで、艶々と光っている。彼はそのまま包帯に手をかけて顔をしかめた。それまで濡れていたらしい。

「取るしかないか・・・」
「え゛っ」
「だからお前はさっきから何をそんなに叫ぶんだ?」

いやいや包帯取りながら不思議そうに言われても。次々と露になる陶器のような肌に失神しそうだった。ていうか私戻った方がよくない?これプライバシーだよね?でも、


「あ、あの・・・」
「ん?」
「包帯、随分巻かれてますけど・・・・・・あの・・・包帯替えるんならお薬もありますけど・・・」
「・・・・・・」

ぎゃあ恥ずかしい!でも、だってずっと気になっていたのだ。大怪我なのか。はたまた見られたくない傷でもあるのか。ハッ、そうしたら私がここにいるのやっぱまずくない!?


ところが聞こえたのは軽く吹き出す音だった。

「っ・・・・・・」
「?あの、」
「いや、すまない。お前があまりにも真剣なものだから」
「え?」
「この包帯はただの任務に備えたテーピングだよ。怪我や傷じゃない」
「えっ・・・」

見抜かれてる!!なにこの人の洞察力ハンパない!彼はなおもおかしそうに笑った。

「お前、従業員の中では特に幼く見えるが、14くらいか?」
「えっ何でわかっ・・・エスパー!?」
「俺が15だからそれくらいかと思ってな」
「なんだ・・・アハハ・・・鋭いっすね」

彼が着ていた服にアイロンを当てる許可をもらったので、私は服を広げて乾かし始めた。彼はそれを見ている。視線が気になって、私は目のやり場に困りながら言った。

「あの・・・日向さん」
「知っていたのか」
「それくらいは。あの、いくら私が女でも人前でそんな無防備に裸をさらすもんじゃないですよ」
「・・・・・・」
「今は女だって狼なんですから。特にウチの従業員とか」
「プッ」
「へ?」

なんと彼は今度は声を出して笑い始めた。わ、なんかこの笑い方、可愛い・・・

「何を言い出すかと思えば・・・本当に面白いな」
「は?いやいや冗談じゃなくてですね!」
「分かっている。俺だってそんな無節操じゃない」
「じゃあなんで」
「どうしてだろうな」

まだクスクス笑いながら、日向の彼は目を細めて私を見た。

「お前だったからかもしれない」
「っ、」
「お前の前だと、なんだか余計な力が抜けてしまう。それと、そっちこそ男の前で浴衣姿で土下座なんてするもんじゃないな」
「!!!」


そう言った彼の小さな微笑みが、春一番のような大きな風を私の心に送りこんだ。ドキドキする心臓を押さえながら、アイロンがいつまでも仕事を終えなければいいのになんて思った。

「ひ、日向さんは」
「日向はこの里にたくさんいるからな、ネジでいい」
「ネ、ネジさんは忍者なんですよね?」
「ああ。今中忍試験を受けている。下忍だ」
「中忍試験?」
「そうだ。今はちょうど本選までの準備期間だ。前に受けた時は落ちてしまったが、今回は自信がある」
「・・・そうなんですか、すごいなあ」
「見に来るか?」
「へ?」

私を見て、ネジさんが悪戯っぽく言った。

「中忍試験本選は一般公開されているだろう?観る分にはなかなか面白いぞ」
「!行っていいんですか?」
「いいも何も。自由だ」
「行きます!ネジさんを応援します!!」
「ハハ、頼もしいな」






「ってなわけで!その本選を見て私はますますネジに惚れちゃったわけ!」
「・・・俺の服をアイロンで焦がす度に機嫌取りにその話をするのはやめろ。全くお前は変わらないな・・・」


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