「ほんっとおおおおおにごめんなさい!!」
「別に、これしきのことで腹なんか立ててませんし」
「そういうことは私の目を見て言って!!」


しかしベンチに腰掛ける日吉はツンとあらぬ方向を向いたままだ。完全にご立腹でいらっしゃる。目を合わせようとそそくさと移動したらまた逸らされた。

「ほんとすんません・・・彼女のくせに誕生日忘れるとかほんと・・・ぜひ殴っ・・・やっぱやだ」
「・・・もういいですから、」
「いやいやそんなこと言わないで!」

粘り強くにじりよると、日吉は今度は困ったようにため息をついた。そんな姿に胸がズキンと痛む。付き合って初めての誕生日だ。日吉の性格上絶対態度には出さないけど、実際ガックリきているに違いない。罪悪感で押し潰されそう。

こんな私でも日吉の誕生日にケーキ焼いたりプレゼントをあげる妄想を何度したことか。それなのに誕生日を忘れるなんてなんたる失態。それに、日吉に気持ちを疑われるのが怖かった。


「マジで!何でもいいから!私に出来ることは何でもやるから!」
「出来もしないことをそう軽々口にするもんじゃないですよ」
「いーや出来るね!日吉への愛があれば不可能はないね!だからどうか私をこの罪悪感から救ってくれ!」
「・・・・・・言いましたね」

うっ。

日吉の目がこちらを向き、ギラリと光った。日吉はスッと立ち上がって私のすぐ側まできた。鋭い視線が私を射抜くように貫く。

「じゃあ、下剋上で」
「は・・・?」







痛い。何がって、部員からの奇異な眼差しが。

「ひっ・・・日吉先輩!ドリンクとタオル持ってきました」
「ああ、すまないな。・・・それとついでにこのタオル洗濯に出してきてくれ」
「はい、喜んで」
「あと・・・このドリンク味が濃すぎるな。水を足してくるのを忘れるな」
「・・・・・・はい」
「無駄口叩かずにさっさと戻って来いよ。次は・・・ボール運びを手伝ってもらおうか」
「・・・・・・チッ」
「おい今何かしただろ」
「あら、空耳じゃないですか?それじゃ行ってきますね」

ピクつくこめかみを必死に抑えてニッコリ笑顔を作った。タオルとドリンクのボトルをひっつかみ、大股でずんずん日吉の元を離れる。苛立ちがよく伝わるように。


下剋上ってこういうことだったの!?

日吉が私に命じたのは、「今日一日日吉の後輩でいること」だった。最初は意味が分からなかったけど、どうやら日吉の目的は私に散々命令して従わせることだったらしい。嫌がらせである。

私がマネージャーであることをいいことに日吉の命令は止まることを知らない。肩もみに脚のマッサージに雑用・・・一瞬考えてから命令を下すのは無い要求を無理矢理捻り出しているからに違いない。そうまでして私を屈服させたいとは、相当怒っているみたいだ。

何でもやると言った手前断れなかったけど、日吉って実は変態だったんじゃ・・・と妙な悪寒がした。女は徹底的に支配下におきたいのかもしれない。あんな可愛い日吉のくせにドSだったのかもしれない・・・


「よ!お前おもろいことやってんじゃん!」
「うわ出た岳人」
「自分、ついに日吉の奴隷に成り下がったん?」
「おだまり!!」

ちょうど同じく部室に向かっていた丸眼鏡とチビに鉢合わせした。厄介なことに事情を知っているらしい。得意顔で寄ってきた岳人は、へへん!と胸を張っていて自分がますますイライラするのを感じた。

「なあなあ、日吉を先輩って呼んでたんだろ?じゃあ俺のことも当然「ない」あっそ・・・」
「残念やったなあ岳人。命令は彼氏の専売特許みたいやな」
「好きでやってるわけじゃないから」
「でも『何でもする』て言うたんやろ?」
「・・・なんで知ってんの」

忍足はニヤリと笑って岳人を先に部室へと行かせた。そしておもむろに私の隣に立って、耳に口を近づけた。


「知りたない?日吉が望んどること」
「!!」

ハッとした。したり顔の忍足にはムカつくけど、こいつのことだから何か知っているのかもしれない。

「はいはい、愛の伝道師さんは一体何を教えてくださるんですかね?」
「なんやそれ・・・ちょっとカッコいいやんけ」

忍足は口角を上げて笑いながら後ろを振り返った。ちょうど日吉がサーブを打ったところだった。


「日吉がシャイってことは知っとるな?」
「あったり前でしょ!アンタとは大違い!」
「またいらんこと言うて・・・じゃあこうは考えられへんか?日吉が先輩と後輩とっかえっこなんて言い出したのは、普段頼めんことを聞いて欲しいからやって」
「は・・・?」

思わず二度瞬きした。

「頼みって?タオルとかドリンク?」
「ちゃうちゃう。日吉、頼みごとするとき躊躇いがちやなかったか?」
「・・・確かに」
「ならまだ言えんで困ってんねん。助けたりや」
「助けるったって・・・」


大丈夫や。

忍足が、もう一回妖しく笑った。






姿が見えないので探していると、日吉は一人水道で手を洗っていた。

「先輩!持って来ました!!」
「やけに遅かったな・・・また遊んでたんだろ」
「そんなことないですって!ハイ!」
「・・・ありがとう」

正面から目を合わせようとすると、恥ずかしそうに顔を逸らす。こういうとこ、日吉ってすごく可愛い。


「で!他に何かしてほしいことないですか?」
「・・・・・・あ・・・」
「ん?」

言いたいことが言えない鯉みたいに、口を小さくパクパクさせる日吉にキュンとした。

「ないんですか?」
「いや・・・その・・・」
「何でも言って下さいね、・・・わ・か・し先輩!」
「!!??」

日吉は勢いよく私の顔を見た。なぜ?という風に呆気に取られた顔が、だんだん赤くなっていく。もうほんと、抱き締めていいかな。


「な・・・なんで」
「若先輩、名前で呼んで欲しいならすぐ言えばいいのに!わざわざこんな回りくどいことしなくたって」
「・・・っ忍足先輩だな!あの人・・・」
「誰かさんが照れ屋だからですよ?せっかく後輩って設定にしたのに肝心の命令が出来ないなんて」
「・・・うるさいですよ」

日吉ははあ、とため息をつき、きまり悪そうに私を見下ろした。

「あれ?敬語・・・ってことはもういいの?」
「・・・バレたら意味無いでしょう」
「そう?ムカついたけど楽しかったよ」
「嘘つけ。・・・ってことは、これからはそう呼ぶんですね?」
「うーんどうしよっかなあ。直接言われたわけじゃないしなあ」
「!」
「うそうそ!しかし名前で呼んで欲しいだなんて若は可愛いなあ」

クスクス笑ってみせると、若は諦めたように肩を落とした。気になって顔を覗きこんだら、いきなりギュッと抱き締められた。


「っ・・・ひよ!」
「『わかし』」
「・・・若、誰か来るかも・・・!」
「来ればいい、どうでもいい」
「はっ・・・!?」
「意地悪して、ごめんなさい」
「・・・!!」

耳元で囁かれる声にクラクラした。若はそっと私の肩口に顔を埋めた。

「わか・・・?」
「別にドリンク味薄くなかったんです。先輩は俺の好み分かってるから。言いたいことを誤魔化すために、嘘を」
「う、うん・・・それはもういいよ」
「俺、どんどん欲張りになっていくんです」
「・・・?」
「去年の誕生日は、先輩が隣にいてくれさえすればいいって思ってたのに」
「っ、」


若に告白されたのは今年の春だ。「ずっと好きでした」って、そんな前から好きでいてくれたのか。いつになく素直な若にたまらなくなってギュッと抱き締め返すと、ビクッと小さく震えた。


「若、お誕生日おめでと」
「・・・ありがとうございます」
「忘れててごめんね」
「まあいいとします」
「遅れるけど、プレゼント受け取ってもらえるかな?」
「もちろん」


でも本当は、今あなたがここにいてくれるだけで信じられないくらいなんです。


そう言って照れる若が愛しすぎて、私の方が襲っちゃいそうなんだけどどうすればいいですか。







(おい侑士、そろそろ行かないと跡部に怒られ・・・モガッ)
(待ちや岳人!今むっちゃええところやろ!)




日吉くん遅れてごめんね!ハッピーバースデー!
20101205
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