きらびやかな本殿の中をせかせか進み、私たちは一際大きな扉の前まで来た。真鍮でできている。侍女の一人がネジと私に一礼して口を開いた。

「この扉の先を一直線に進むと皇帝陛下の玉座があります。今日はお二人には顔を伏せたまま進んでいただかなければなりません。陛下のお言葉がかかるまで顔を上げてはいけませんよ」
「・・・はい」


第十七代皇帝・琳享。今までの情報を総合するとかなり型破りな人みたいだけど、どんな人なんだろう。皇帝と聞くとどうしてもいかついオジサンのイメージなんだけど。隣のネジにも緊張が走ったみたいだ。私たちは目配せをして、顔を下に向けた。

ゴゴゴ・・・と重い扉が開く音がした。下げた目線の先に、真っ直ぐ引かれた細く長い真紅の布が見える。どうやらこの上を歩くらしい。一歩一歩慎重に歩いていくと、足音がやけに響くのが分かる。この部屋はかなり広いらしい。

やがて目の前に段差が現れて私たちは止まった。付き添いの侍女が「椎家の妃嬪様方です」と張りのある声で言って、一歩下がった。






「顔を上げろ」


声の第一印象は、あれ、結構高い・・・?だった。そしてゆっくりと顔を上げた私は唖然とした。多分、ネジも。


甘い蜜色のくせのある髪に、新緑に似た美しい目の色。華奢な首と卵のようなつるんとした白い肌の・・・・・・・・・


どう見ても14、5歳の少年だった。


「俺が十七代皇帝の琳享だ、ようこそ椎家の娘たち」

フフン、と不敵に笑うその顔はまるで人形のように整っていて、知らなければ少女に見まごうほどだ。頭には飾り細工のたくさんついた冠をかぶっている。着ている衣はつやつやとした絹。ほっそりした指に重そうな指輪がはめられていた。


まさかこんな、皇帝がこんな子どもだったなんて。呆気に取られる私たちに、琳享はニヤリと笑った。そしていきなり霧吹きのようなものを取り出してシュッシュッと吹き掛けた。

「「!?」」
「お前たちが浴びてきたのと同じ、術をこそげ落とすものだ。念には念を入れる方針でね。忍の中には指一本で幻術をかけられる者もいると聞くし」
「・・・・・・!!」
「ふん、特に変化はないか」

当たり前だ。琳享は怯んだ私たちを一瞥し、玉座に深く身体を沈めた。ついで胸元から扇子を取り出し、私をビシッと指した。


「お前」

そのときの眼光があまりにも鋭くて、私は思わず身をかたくした。子どものような丸い皇帝の目がキュッと細められる。なんだろう、蛇に睨まれたような、身体の逃げ場を失う感覚。周りのことを考える余裕が無くなって、ただ皇帝の眼差しに捕らわれていく感触。それはまさしく、初めて目にする王の威厳だった。


「名は?」
「っ・・・」
「お前たち二人の、名は?」
「・・・私が名前で、彼女はネジ・・・です」
「っ!?」

ネジがハッと私を見る。そこで私は自分が今しでかしたことに気付き、青ざめた。

こういう先入任務では普通コードネームを名乗るのがセオリー。私だってそれは分かっていた。しかし咄嗟に偽れなかった。皇帝の気にあてられて、ありのままを話してしまった。


私たちが動揺するのを知ってか知らずか、琳享は「名前とネジ、ね」と言葉を咀嚼するように繰り返した。この皇帝、若いわりに侮れない。


「ま、聞いたところで名前なんて関係ないけどね」

そう、気だるげに喋り始める。

「族長の中には美人探しに躍起になってその辺の旅人をかっさらって差し出す者もいるし。お前たちが椎家だろうがなかろうがあまり重要じゃあない。要は椎家にとって有益かそうでないか、だ」
「・・・・・・」
「ここに入るときの身分確認が簡素な理由が分かったか?」

せせら笑って言う琳享は、年相応の少年にも見える。若き皇帝は軽く辺りを見回して見せた。

思った通りここはかなり大規模な広間になっていた。天井は高く、声がいちいち反響する。広すぎて豪華な調度品が侘しく見えるくらい。

「ここは特別な式を行うときの所でね。俺の自室はもう少し後宮の近くにある。俺はここがあまり好きじゃないから普段は使いたくないんだ。でも柊の国の歴史上神聖な場所だし」
「柊?柊の国とは・・・?」
「はあっ?」

ネジの口をついで出た言葉に、琳享はすっとんきょうな声を上げて前のめりになった。大きな瞳をさらに大きくしている。

「椎家の才媛たろう者でさえこの国の正式名称が分からないのか?大丈夫か椎家は!?」
「正式名称?」
「柊の国、がこの国の正式な名前なんだよ。華那ってのはその昔、初代皇帝が華那姫に溺れたせいで国政が傾いたのになぞらえた、言わば俗称だ。今は随分浸透してしまっているけれど。傾国の姫君なんて名誉な言葉じゃないしね」

そうだったのか。記憶の中で、この国に入ったときからよく見た柊の木が柔らかく香った。もはや世界地図でも「華那」と表記される国の正式名称は、想定外にシンプルだった。それにしても族長さん、これくらい教えてくれても良かったのに!


琳享は「なんだかなあ」と言いながら椅子に肩肘をついて眉を潜めた。

「幸先悪いね。椎家の代表と言えば才色兼備のしとやかな美女と相場は決まっているのに・・・しかもなんだかお前の方は、」
「!!?」

やばい!!ネジのことがバレた!?脂汗を浮かべて顔を見合せた私たちをよそに、琳享はビシッと扇子で私を指した。え?


「お前、名前と言ったっけ。本当に椎家の今年の美女?そこまでの顔とは正直・・・立ち居振舞いも、ネジは品性があるがお前はそれほど良くないし」
「はあ!?」

意図せずして声が裏返った。隣でネジが吹き出すのを堪えるみたいに自分の口を手で押さえた。そんな、私、女として男のネジに負けたーーー!!??

なんなのこの皇帝。さっきはビビったけどまだ子どもみたいなことしか言えないの!?ふつふつと沸き上がる私の怒りに気づかないのか、琳享はふわあと扇子の陰でアクビをした。


「やっぱり粗暴だね。名前、」
「はい!?」
「お前はまだ妃の位置に上げるには色々足りてないみたいだ。お前の方は、ネジの世話係にする」
「「えっ!?」」

予想外の展開だった。不安に駆られてネジを見ると、彼もわけがわからない、という顔をしていた。

「そんなに驚くことじゃない。みなそうしている。一緒にやってくる二人の娘のうち、至らないと思われる方はもう一方の侍女に降格させている」
「・・・・・・!?」
「そう面白い顔をするなって名前。安心しな、いいところを見せればお前が選ばれる日・・・つまり、俺が寝所に出向くこともあるかもしれない」
「なっ」

上から目線にイラついていてすっかり忘れていた。そうだ、皇帝になれば当然妃を抱くこともする。もしそうなればネジや私は術で回避することになるけど、自分より二つも三つも年下の子どもに抱かれることを考えると自然と表情が厳しくなる。選ばれたくはない。・・・強がりじゃない。


皇帝は仕切り直しとばかりに音を立てて扇子を閉じた。

「ネジにはこれから一日に決まった時間、この国や政について学ぶ時間を取ってもらう。妃たちを集めた授業のようなものだね。これだけたくさんの妃が集まれば知識にも差が出る。椎家の不安要素もさっき見つかったし」
「・・・」

もしかして、さっきの国名についての問答は椎家の評判を落としただろうか。仕方なかったこととはいえいい気持ちじゃない。私たちが神妙な面持ちでいる中、琳享は変わらぬ調子で喋り続ける。

「その間名前には・・・そうだな、俺の暇潰しの相手をしてもらおう」
「はいは・・・ええ!?」
「椎家の者は賢いから、話し相手にも不足はないだろうし?」
「えっ・・・」


琳享は、もう一度薄く笑った。


ちょ、ちょっと。この短時間にどんどん物事が謎の方向に進んでいく気がするんだけど。何より椎家・・・ハードル高すぎない!?





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