牛車を降りようとしたとき、先に降りたネジが手を取ってくれた。ハッと顔を上げるとネジが一つ小さく頷く。腹をくくった顔つきだった。従者に紛れているテンテンやリーも互いに目配せしている。緊張が一気に高まった。これからは椎家からの妃という仮面を被り続けなければいけないんだ。


宮殿の門はかなりの迫力だった。大きさでは木ノ葉の里の門も負けていないのだけど、上品な金色のきらびやかな装飾がチカチカと目に眩しい。高い外壁にぐるりと囲まれたこの場所は、内側にさらに壕と植林が施されているそうだ。柊の香りが強い。


「椎家の姫君、ご到着であります!」

先導が声を張り上げると、程なく門がゆっくりと開いた。翠の着物を着た衛兵の男が二人、仰々しく現れた。薄手の鎧を着ている。

「椎家の方々ですね。写真証を」
「こちらです」

従者が渡した封筒からネジと私の顔写真が取り出された。衛兵の目が私たちの顔と写真を往ったり来たりする。手のひらが汗ばむのを感じた。


「・・・かしこまりました。姫たちをお連れするので親族の方は彼女たちのお手回り品をお預けください」
「・・・・・・」

従者の一人がネジと私、それぞれの荷物を衛兵に渡した。と言ってもその中に私たちの持ち物はほとんど無い。荷物にももちろん検閲が入るから、木ノ葉から持ってきたものの中で問題無いのは鏡やハンカチ類くらいだった。あとは椎家に持たされた日記帳や本が数冊。これくらい持ち込まないと逆に不自然なのだという。着る物は後宮に腐るほどあると言われた。


「ではご案内致します」

門の中に招き入れられたあと、もう一度だけ椎家の一団を見た。みんな私たちにすがるような表情だった。それで、今回の任務が椎家にとってどれだけ重要なものなのかを再認識した。テンテンとリーは力強く微笑んでいる。ネジもしっかりした面持ちだった。

頑張ろう、みんなのために。門が閉まる音を聞きながら私も覚悟を決めた。





敷地に入った途端私たちは再び輿に乗って運ばれた。私たちの来た門は比較的後宮に近いのだけど、それでもここは椎家の何倍も広いのだ。

「これからすぐに後宮に入るのですか?」

ネジが輿の中から尋ねた。外から衛兵の返事が聞こえる。

「はい。お二方は後宮で沐浴、お着替えなどを済まされたのち、本殿の皇帝陛下のお目通りとなります」
「・・・・・・」
「皇帝陛下のいらっしゃる本殿から後宮までは距離にしては僅かでございますが」
「・・・分かりました」

「つまり、」とネジは小声で私に耳打ちした。狭い輿の中で身体が近づくと、本当に密着しているようになる。私は息を潜めた。

「後宮以外の建物もいくつかあるんだな」
「・・・族長の話では皇帝の住居で執務もこなしたりする本殿や、皇族の住む宮殿とか、色々あるみたい。本殿が近いのは皇帝が往き来しやすいからだろうけど」
「ここのことがよく分からないうちはその辺りを調査するのは危ないだろうな。警護は厳重だろうし」

確かに。今は後宮だけでも得体が知れないのだ。本殿ともなれは要人も出入りするだろうし。小さな国でも油断はできない。


そのうちに輿は止まり、降ろされ、外に出た私はそこの光景に口をあんぐり開けた。

「後宮でございます」

でかい。まずそれが先にきた。何千もの女たちが住んでいるんだから当然と言えば当然なのだけどそれにしても規格外だ。白い美しい外壁が日の光を受けて輝いている。この宮殿は白が基調みたいだ。

ここで衛兵がお役御免になり、代わりに宮殿の中から鮮やかな着物の侍女が数名、おしとやかな動作で現れた。ネジと私、二人にそれぞれ付いて建物に誘導する。

「今からお二方には沐浴をなさっていただきます。浴場にお連れします」
「あの・・・」

ネジが低い声で侍女に言った。

「沐浴はその、一人で、ですよね・・・?」
「?基本的にはお世話する者がいますが、ご希望であれば」
「頼みます・・・」


隣を歩くネジは相当気を張っていた。見た目には、とても美人な人が腹を下した時のような顔だった。豪奢な回廊を進み、浴場にたどり着いたところで私たちは離れ離れにされた。


私が入った方の部屋には五人の侍女が待ち構えていた。そこは脱衣場のような空間で、奥に浴室へ続く扉がある。侍女の一人が微笑みながらお辞儀した。

「今から湯あみの儀式ですが、お手伝いは必要ですか?」
「けっ結構です!」
「かしこまりました。では私どもはお召し物やお化粧品を準備しておきますね」
「はあ・・・」
「あと、今回の湯あみの水は特殊なものです。人体に影響は無いですが、お口に入れたりすると変な味がするかもしれないのでご注意くださいね」
「はい・・・」

おそらくそれが術を破るという水なのだろう。ネジの安否を気にしながら、手早く着物を脱いで浴室に入ったとたん薬品のツンと甘い香りが漂った。お湯は少し白く濁っていて、石鹸も強い香りがする。お風呂自体はかなり気持ち良かったけれど、この空間ではあまり落ち着けなかった。



浴室から出るとさらなる目まぐるしさが待ち構えていた。下着を着るところまでは自分でやらせてくれたが、すぐに桃色の艶やかな衣を纏わされた。桃色に金の刺繍がしてある一目見ただけで高いと分かる着物。髪は痛いくらい櫛を通され、高く結い上げられる。何本も派手なかんざしを刺されて頭が重かった。

続いて眉を整えられたのち白粉を勢いよくはたかれ、私は目を開けることを諦めた。目にも散々塗りたくられているのが分かる。されるがままの時間を過ごして「はい出来ましたよ」と声をかけられた時は何もしていないのにヘトヘトだった。まさかこれ毎日続くのかな。


「いかがですか?」
「す、すごいですね、ハハハ・・・」

鏡に映る自分はいつもより大人に見えるけど、なんだか子供が背伸びしたようにも感じる。仕上げにまた衣を何枚か着せられているところで、コンコンとノックの音が聞こえた。


「はいー・・・あらあらまあまあ!まるで華那姫様の再来ですわ!」
「でしょう?元がいいからですよ」

侍女たちの浮き足立った声に振り返った。そして、鏡を取り落とした。


そこにいたのは同じように着飾られたネジだったのだけど、出来上がりには天と地とも言える差があった。

光も透けそうな白い肌。長い睫毛に縁取られた瞳は、息を飲むほど綺麗だ。黒い髪の毛は丁寧に編んで結ってあり、添えられた花に負けない美しさを放っていた。衣は薄い蒼で同じく金色の刺繍がしてある。口を強く真一文字に結んでいなかったら天女かと思うほどだった。

どうしよう、めちゃくちゃ美人だ。気付かれそうなのにネジから目が離せなかった。案の定不機嫌そうだったネジは私を見て、それからポカンと小さく口を開いた。

「お前・・・」
「まあ!こちらの方も本当に可愛いらしい!これは皇帝陛下も気に入られるでしょうね」
「間違いありません。さあさ、早く参りましょう」


半ば侍女に追い立てられるようにして再び回廊に出て、本殿へと歩き始めた。そっとネジを見上げると、目が合った。ネジがまじまじと見つめてくるので顔から火が出そうだった。でも周りに侍女がいる。滅多なことは言えない。


「・・・似合ってないことくらい分かってるから」
「は?」
「どうせ馬子にも衣装ですよう!」

先手を打ってツンと横を向いた。何を言われるか怖かった。会話でボロを出す前に終わらせたかったし、ネジも同じだろうと思った。


「――――だったら良かったな、まだ」
「え?」

予想外の言葉に思わずネジの方を見てしまった。ネジは真っ直ぐ私を見ていた。私の目線に合わせて、少し首を傾げながら。私が驚いた顔をしているとネジは控えめに柔らかく微笑んだ。

「馬子にも衣装、と笑い飛ばせれば良かったのに」
「え?」

そしてネジは少しだけ私の耳元に口を寄せ、周りに聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「・・・・・・皇帝陛下に見せるのが、惜しい」
「っ・・・・・・!」


ネジはすぐ正面を向いてしまったけど、私はいつまでも目を逸らせなかった。

なに、どういう意味?ネジは私をどう思ってるの・・・?ざわついた気持ちを抱えたまま、私たちはいよいよ本殿へと入って行った。





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