話が決まるとすぐ、ネジと私はすごい勢いで侍女たちに連れて行かれた。そして顔に薄く粉をはたかれ、唇にはスッと紅を引かれる。簡単な化粧だったけど、ネジの表情がみるみる艶っぽくなってドキドキした。ネジは慣れない紅の感触に複雑そうだ。
「ではこちらの着物に着替えてくださいね」
侍女の一人がそう言いながら、ネジに蒼、私に薄桃色の簡素な着物を差し出した。綺麗な色だがやけにシンプルだ。
「これで皇帝に謁見するんですか?」
「まさか」
侍女が笑う。
「これは身分証代わりの写真用です。ですからあまり飾れないんですよ。後宮にお着きになるまではね。どうせ化粧も沐浴で落ちてしまいますし」
「なるほど・・・」
「心配せずとも、あなた方は後宮でそれはもう見事にお飾りしていただけますよ。晴れ姿ですからね」
ネジは今度こそ苦虫を噛み潰したような顔をしていて、写真を撮られるときも仏頂面だった。写真が手早く現像される間に輿の準備が整えられる。私とネジを運ぶためのものだ。話しあいで、その警護の中にリーとテンテンも入ることになった。
「私たちはそのまま外で調査にあたるわ。他の家にも出向いて話を聞くつもり」
「後宮の使用人の家なんかも良さそうですね」
リーが言うと、ネジは渋い顔をした。元々多少渋い顔をしていたが。
「後宮の使用人は女官の他には・・・一般的には宦官だな」
「カンガン?なんですかそれ」
「官宦は去勢した男性の使用人だよ」
私がそう添えるとリーはとたんに苦悶の表情を浮かべた。想像してしまったらしい。宦官は出世が叶うということで自ら志願する人もいると聞くけど。それなら医者を探すのも任務に有効かもしれない・・・
そこで話を聞いていたらしい侍女が口を開いた。
「確かに前までは宦官しか後宮の使用人になる男はいなかったですけど、現在の皇帝になってからは普通の男性も少しずつ取り立てられているようですよ」
「えっ・・・」
目を丸くする私たちをよそに、侍女は微笑んでいる。
「あまりそういうことをお気になさらない方みたいです」
「そういうことって・・・」
「あっ!ネジ!」
突然テンテンが立ち上がった。
「後宮の中で白眼なんてマズイんじゃない!?日向一族ってバレバレよ!木ノ葉から来ましたって言ってるようなもんじゃない!」
「っ!」
そうだ。白眼は日向一族固有のものだ。有名な一族だし、後宮に知ってる人がいてもおかしくない。
ところがなおも侍女は笑顔を崩さない。
「大丈夫です。後宮には瞳が白い方なんてきっと山ほどいらっしゃいますので」
「は・・・?お言葉ですが、この目は、」
「貴方と同じという意味ではありません。後宮に入ればお分かりになりますわ。琳享様になってから後宮もずいぶん様変わりしたと専らの噂ですから」
「・・・失礼ですが、おっしゃる意味がよくー・・・」
ネジが詳しく問い質そうとしたとき、輿の用意が整った。
「どう思う?」
「えっ?」
「さっきの侍女の話だ」
ここは牛車の輿の中だ。椎家から都へは近いので陸地を牛車ですすんでいる。周りにはリーやテンテンを含めた護衛が十人はいる。ゆっくりした速さで進んでいた。すでに時間は昼に近い。
ネジと私は輿の中で膝をくっつけるようにして座っていた。あまり広くないのだ。私は乗った時から緊張が止まらず、手にはひどく汗をかいていた。心臓の音がネジに聞こえてしまいそう。
ネジは険しい顔つきだった。忍者の顔だ。赤い唇をキュッと噛み締めている。
「木ノ葉隠れが創設されて以来、日向には里を出た者はいない。似たような血族が他にいるという話も聞かない」
「・・・あの人は山ほどいるって言った。後宮が変わったとも」
「ああ。おまけに雇用システムも変わったなんて。どうやら後宮に対する常識は通用しそうにないな」
・・・良かった。普通に話せてる。胸を撫で下ろしていると、ネジは私をじっと見た。
「気を付けろ。どうやらこの任務、そう易々ともいきそうにない」
「・・・言われなくったって分かってる!」
「お前自身の安全についてもだ」
えっ
ネジは少し目を逸らした。自分の手のひらを見ているみたいだった。
「・・・・・・私が頼りないっていうの?」
「違う。優先順位を理解しろ。任務のために無茶をしすぎるな。かえって不合理だ」
「・・・・・・」
やっぱり今日のネジはおかしい。まるで赤子を説き伏せるみたいに私に念を押してくる。しかし私の反論は捲り上げられた輿のすだれに遮られた。学者の手だ。
「ネジさん、そろそろ後宮に着きます。今のうちにこの薬を飲んで下さい」
「・・・・・・」
学者が手を伸ばしてネジに渡したのは先ほどの緑の丸薬だった。ネジは丸薬をつまんでしばらく顔をしかめていたが、意を決して飲み下した。
「・・・っ!」
「ネジ!?」
ネジは「うっ」っと身体を抱えこんだ。私は反射的にネジの背をさすろうとして踏みとどまった。手を払われたらどうしようと思ったのだ。
ネジは数回咳き込み、やがてゆっくりと自分の腕を眺めた。私もつい覗きこんだ。相変わらず細く長い指だが、ゴツゴツした感じが薄れた気はした。喉仏は目立たなくなったが、それ以外に目に見える主だった変化は無かった。ネジが元々優美なイメージだったからかもしれない。
ネジはおそるおそる自分の下半身を眺めつつ、目で私に感想を求めてきた。
「つまらないことに変わり映えはしないみたい」
「それは良かった」
私の皮肉を軽々かわし、ネジはホッとため息をついた。もちろん私は自己嫌悪真っ最中だ。ネジの声はほんの少しだけ、柔らかくなった気がした。これも丸薬の効果なのだろうか。
「着きました!」
先頭の声を合図に牛車は反動と共に止まった。ネジは私に目配せをした。これが私たちの出陣だ。