そっと、優しい手に肩を揺すられて目覚めた。ゆっくり瞼を開けると視界が僅かに揺れている。まだ薄暗く、周囲にはうっすらと朝霧が立ち込めていた。ああ、ここは華那の国に向かうために乗り込んだ屋形船だと理解する。華那へ渡る者は多いので、夜前に出る定期便は一睡できるよう居心地のいい屋形船になっている。私たちは運良くその便に間に合った。


「おい、」
「、・・・・・・!?」

すぐそばで私を見下ろす人物に度肝を抜かれた。私を揺り起こした優しい手が、まだ肩に乗っている。まさか、ネジが、こんなに優しく起こしてくれるとは思えなかったのだ。声も落ち着いていた。

ネジは私の混乱を感じ取ったのか、即座に手を引っ込めた。肩がやけに寂しくなった。ポーカーフェイスが少し焦ったように崩れていた。


「な、なに?見張りの交代?」
「いや・・・もうすぐ向こう岸に着く。リーとテンテンも起こそうと思っていたところだ」
「そ、そう、」

やだよ〜何この気まずい雰囲気。私の隣でテンテンが、ネジの隣でリーが気持ち良さそうに寝ていて、私たちの他に起きている客もいない。ただ船頭が波を掻く音だけが、チャプチャプと私の脳内に充満していく。

ネジが私をわざわざ起こしてくれるなんて。しかもあんなに丁寧に。まだ心臓が騒いでいる。私はどうしたって可愛いくなれないのに、ネジって本当に紳士だな・・・


その時、視界の端でチカッと何かが光った。つられてそちらを向いた私は息を呑んだ。


「す、すごい・・・」

十メートルはあろうかという巨大な丹塗りの門が間近に迫っていた。鮮やかな朱のその門はきらびやかな装飾が施されていて、両端にはランタンがぶら下げられている。さっきの光はこれらしい。白い花をつけた柊の木が至るところにあって、なんとも言えない佳香を漂わせていた。

「まるで別世界だな・・・」
ネジも驚きを隠せないようだった。それほどに華那の国は雅だった。

交易の国らしく随所に広い碁盤目状の水路が引かれていて、同じような屋形船が行き交うことから細かく整備されているみたいだった。この水路は国の中も移動できるので、小さな駅のような波止場が至るところにある。民族ごとの居住地へ向かうのにも便利なのだ。

国の中はあちこちに巨大な門と壕が築かれている。そのどれもがきらびやかで、私の中の華那のイメージは大金持ちの国になってしまった。


「おそらく、あの壕で囲ってあるそれぞれが民族の居住地なのだろうな」
「あ・・・」

ネジが低い声で呟いた。私は里の中で一際近寄りがたい雰囲気を放つうちは一族の居住地を思い出した。つまりこの国では全ての民族が、ああいう風に暮らす空間を仕切ってあるのだ。

「どの民族もあんなに豪華な門があるなんて、随分お金持ちの国みたい」

素直に自分の感想を述べてみると、ネジは「どうだろうか」と眉を寄せた。

「五代目の言い方だと、民族間の待遇の格差は少なからずあると考えられる・・・中身は伴っていなくても、外面を豪奢に見せているだけかもしれない。それにここはまだ国境付近だ。普通に考えると金のある民族は都の近くに住む」
「・・・あっそ」

本当はネジの頭の回転の速さに感激したのに、ついいつもの癖で素っ気ない態度を取ってしまった自分の首を絞めたくなった。



結局ネジがあとの二人を起こしたのは椎家の居住地のそばの駅に着いてからだった。ネジの読み通り、椎家はかなり都に近いところに住んでいた。居住地も心なしか最初に見た一族たちより広いようだ。

「すっごーい!」

テンテンが目をキラキラさせながら、椎家の巨大な門を見上げた。かなり凝った作りになっていて、ところどころ宝石が埋め込まれている。やはり門は一族の権威を示すものなのかもしれない。

「素敵!さすが華那の国ね!優美〜!」
「なんだか、この国を見てると木ノ葉がいやに簡素に感じますね。結構ごちゃごちゃしているのに」

リーももの珍しいのかキョロキョロしている。椎家の居住地の周りには高い塀が張り巡らされ、それには美しい絵がところ狭しと描かれているのだった。

「・・・まだ五時だが、入ろう。あまり猶予のある任務じゃない」

そう言ってネジが門の側に垂れていた紐を引くと、チャイムの役割であろう澄んだ鐘の音が辺りに響いた。

「・・・木ノ葉の方ですね、どうぞ」

しばらくして門がギイッと開き、侍従らしき女の人が一礼して私たちを迎えた。長い髪を背中で結ったこの人もなかなか美人だ。着物の色は地味だけど質はかなり良さそう。


「貴殿方を族長の住まいまでお連れします。ここから四十分ほど歩きます」
「四十分!?」

テンテンが目を丸くして言った。

「一つの民族しか住んでいないのに、移動にそんなに時間がかかるんですか?」
「椎家は大きな家ですから」

その侍従はニッコリした。

「二万人はいます。椎家はそもそも住居より研究施設の方が多いですから、居住地の端から端まで行こうとすれば三日はかかります」



椎家の中でも一番大きいその屋敷に着く頃にはもう日が完全に昇っていた。早い時間なのに屋敷には人の出入りが頻繁で、私たちはすれ違いざまに何度も挨拶をされた。

「この屋敷は族長の家が代々住んでいるところで、装飾も一段と華美になっています」

侍従はまるでガイドのように説明を始めた。

「つまり日向で言う宗家ですね?」
「ああ・・・」

リーとネジのやりとりに少し緊張が高まった。私も日向のこと、ネジのことは大体は知っている。この二人はもうお互いの顔を見ないでも会話が出来るほどに心が繋がっているらしい。羨ましかった。


屋敷は磨きあげられた鶯張りで、なんだか落ち着かなかった。やがて侍従がある部屋の障子を開け、何か中の人と話したあと、私たちだけを中に入れた。


待ち構えていたのは、畳の上で胡座をかいた壮年の男性と学者のような白衣を着た男だった。学者の方は鋭利な顔をしているが整っている。族長の顔立ちも精悍だ。

「よくぞお出で下さいました」

族長は自ら頭を下げ、私たちに座るよう促した。

「椎家の族長のジンロウと申す。迅速な対応を感謝します」
「ジンロウ?」
「尋浪と書きます」

どことなく異国風の名前だ。

「お話は伺っています。後宮で何が起きているかを調べる任務ですね?」

ネジの問いかけに族長は深く頷いた。

「そう、ただし何が一番いい方法なのか私には分かりません。外部への情報は少なく、後宮は謎が多い」
「言葉を濁していただかなくても大丈夫ですよ」

ネジがスパッと一刀両断した。

「五代目に聞いた、椎家が来月までに妃を二名召し上げなければいけないという情報・・・この情報を私たちに先に与えたということは、あなた方は私たちのうち少なくとも一名が椎家の妃として宮中に潜入すべきだと考えている」


これは道中に私たちが話し合ってだした見解だった。状況的にもこれが一番いいように思えた。つまり・・・私かテンテン、はたまた両方が潜入するということ。


族長は申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「すまない。だが提案すべきか迷ったのです。危険極まりないことだから」
「承知の上です」


ネジはキッパリした口調で言った。


「俺が単独で後宮に入ります」




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