火影執務室までの道のりはある意味で過酷なものだった。私とネジの間に漂う空気はほとんど葬式のそれだった。私はこれ以上ボロを出さないため、ネジはどう考えても口を開くことさえ億劫なはずなのでお互い終始無言だった。

ネジは私の左一歩半前を歩いていた。人通りの多い方がだ。胸が締め付けられてどうしようもなかった。嫌いならとことん嫌ってくれた方がマシだと思った。



ネジのノックのあと、一拍置いて「入れ」という声がした。五代目はうず高く積まれた書類の山の中でムスッとしていた。机の上にある茶菓子の包み紙の量から察するにだいぶ長いこと格闘しているらしい。

「まったく、これだけ部屋に拘束されているとお前たちが羨ましくて仕方ないときがある」
「ということは任務ですね?」


ネジの言葉に五代目は頷き、彼に書類を一束よこした。一番上に走り書きで「ガイ班」と記してあった。自分は「上忍」のネジしか知らない。私はあのどぎつい先生とネジが仲良く語らっているところを想像してみた。無理だった。


「ここから西南に向かい、小さな海を渡ったところに華那という国がある。そこまで大きくなく隠れ里も無いが、豊富な資源を持ち交通の要所であったことから国力は豊かだ。兵力は必要に応じて他から雇っている。まあ木ノ葉である場合が多いがな」


華那の国。どことなく雅な響きだ。

「華那・・・聞いたことがあります」

ネジが静かに言った。

「確か帝政が生きていて、都は碁盤目状のかなり豪奢な造りになっているとか。少数民族の集まった国家で、多くは民族単位で村落をつくり、その集団ごとに都の役人がついて管理していると聞きました」
「物知りじゃないか、日向の小倅」

五代目はフッと微笑み、湯呑みを口元に運んだ。


「概ねその通りだ。華那は百程度の少数民族を帝が統べることで成り立っている。全ての公共物の権利は皇帝に帰属。圧政はではないが絶対的な権力だ。その象徴とも呼べるものが、後宮だ」
「後、宮・・・」


後宮なら知っている。帝が自分の妃たちを住まわせ、侍らせている場所だ。だが実際に見たことはなかった。

「華那は一年に一度、各民族から二人の選りすぐりの美女を後宮に召し上げる。だから単純に考えて後宮の女は年に約二百人増える」


五代目は自身も書類に目を通しながら言った。

「その二名の出来不出来が、以降の民族の待遇に関わるというわけだ。帝の気に入らなくなった娘は元の村に送還される。歴史上に一年に八百人送還された年もあった」
「・・・・・・」
「ちなみに華那は近隣の小国とも繋がりが深い。そういう国の中にも華那の後宮に女を入れるところがある。それほど影響力のある国ということだ」


「そして」と美しい火影は一端言葉を切った。

「今現在、後宮にいる女の数はおそらく女官も含めて三千に迫る」
「三千っ・・・」


さすがのネジも軽く目を見張っていた。おとぎ話か昔話に思えた。私の頭には狡猾そうなでかい図体の男が美女を取っ替え引っ替え豪遊している様子が浮かんだ。これじゃあ誰かさんの頭が堅いなんて言えない。


「そこで今回の依頼だが、後宮に女を差し出している椎という民族の族長からだ。実は皇帝は半年ほど前に変わった。その三ヶ月後、去年召し上げられた椎家の女二人が、突如命を落とした」
「「!」」

いよいよ話が暗い影を帯びてきた。五代目は伏し目がちに新たな書類を広げた。

「椎家にはただ『不幸な事故』とだけ伝えられたそうだ。還ってきた亡骸はひどく損傷しており、初めは遺族も見ることができなかったという。しかしある学者が、片方の遺体から毒物反応を検出した」
「後宮で、殺人が・・・?」

ネジの言葉に五代目は首を横に振った。

「正確なことは分からない。後宮は完全に帝の指揮下にあり、外の者は公開された情報しか頼るものがない。もっと多くの真実が隠蔽されている可能性は高い」
「それが任務ですね」
「そうだ。奇しくも椎家は来月までに今年の新たな二人を後宮に差し出さねばならない。椎家は力のある一族だそうだ。族長は、また自分の一族の者が命を落とすことを懸念している。来月までに後宮で起きていることを探れ。Bランク任務だ」
「はい、ただー・・・」

ネジは受け取った書類を見ながら言った。

「俺たちの隊長・・・マイト・ガイですが、今朝別任務があると里を出ていきましたが」
「そんなことは百も承知だ!そのためにそこの娘を呼んだんじゃないか」
「え!?」

突然話の矛先が自分に向いたことに動揺を隠せなかった。ネジの目が、ゆっくりと振り返って私を見つめた。五代目は今や私に向かって話していた。


「聞いてただろう?あの珍獣の欠員としてガイ班に入れと言っている」
「ええええっ!でも・・・」
「ああ、お前は他二名を知らなかったな。心配せずとも今回の隊長は日向ネジだ」
「いやそういうことじゃ」
「以上!準備ができ次第華那の国へ向かえ!」


何か言う暇は与えられなかった。喜んでいいのか悪いのか分からない状況に呆然としていると、執務室を出たすぐ後ネジに腕を掴まれた。


「言っておくが」

ネジは相変わらずポーカーフェイスだったけど、腕の力はしっかりと強い。

「私情で任務を疎かにすることは許されない」
「・・・何のこと?バカにしてんの?私だって上忍なんですけど」
「今のお前はいつもと違う」

そう言ったネジの目に、何もかも見透かされてしまいそうで怖かった。掴まれている腕に神経を集中させていることまで見抜かれそうな気がした。怖い。そっとネジを見上げると、一瞬彼の表情が変わった。


「アンタもね!」

色々と限界だった。隙を見て腕を振り払うと、ネジはため息をついた。それは、どういう意味?

「三十分後に南門で」

その言葉とともにネジは瞬身で消えていた。即座にまた嫌われたのだと理解した。ああ、神様はどうして私をこんな目に遭わせたのだろう。





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