「なにやら複雑なことになったな」

ネジが腕組みして低く呟いた。物憂げな表情が美しい容姿にかなり合う。ここは後宮で割り当てられたネジの部屋だった。ちなみに私はすぐ隣である。天蓋つきつきベッドにきらびやかな鏡台、明らかに高そうな絨毯、大きな窓にはすだれと、二部屋とも似た作りの豪勢な雰囲気だった。ネジが白眼で一通り見たが、盗聴や盗撮の心配は無さそうだった。


「二人のうち片方が侍女か・・・あの皇帝、相当気まぐれなのか、それとも」
「でも元々後宮に仕えている侍女とは扱いが違うみたい。掃除や洗濯や食事の支度をすることもないし。ただ妃のお世話の総督って感じだったけど・・・」
「だろうな。事実お前にも専用の侍女がついている」


つまり掃除や洗濯、食事の世話は二人とも受けられるということ。さらに言うなら、ネジの方には自分に就いた使用人から受けるサービスを選ぶ権利が与えられた。着替えやお化粧や風呂の世話である。ネジはこれら全ての世話を丁重にお断りしていた。こういう具合に、侍女にされたからと言って特に不自由があるわけではない。


「妃の自由度が高いのは評価に差をつけるためじゃない?その一族の良い個性を出せるのかどうかは自分たち次第って感じで」
「ああ。俺たちは椎家にそこまでは言われなかったから、当たり障りなく過ごせばいいのだろうが・・・」


実際この後宮で暮らす姫君たちの平均的な生活というものが私たちには分からない。出身一族によって違いがあるのかどうかも。これは今から暮らすうちに判断していかなければいけない。椎家から出た前の娘たちに話を聞ければ楽なのだけど、そうなると私たちの任務のことを話さなければならなくなる可能性が高い。私たちのことはできるだけ伏せていようとリーやテンテンとも話していた。どこかから情報が漏れないとも限らない。


「これはチャンスかもしれない」

ソファーに身を沈めながらネジはそう言った。

「妃用の一般教養の時間の間、俺とお前は別々の場所を調べられる。しかもお前は皇帝の話し相手に任命されたんだ。これほど情報を引きずり出しやすいポジションも無いだろう」
「・・・・・・」
「だがもちろんその分危険は多い。・・・あの皇帝、賢いのかバカなのかはまだ判断がつかないが、今日の一件で俺たちを不審に思ったかもしれない。より一層行動に気を配らないとな」
「・・・・・・」
「・・・おい、返事くらい・・・」


そこでネジがハッと息を呑む音がした。それもそのはず、私がお腹を抱えて呻き声をあげていたからだ。
「ううっ・・・」
「どうした!?」

サッとネジが駆け寄ってきてくれた。手が背中に添えられる。でもそれどころじゃなかった。私はもはや脂汗を浮かべていた。


「く・・・」
「なんだ!?」
「苦し・・・」
「苦しい・・・?!っ、もしかして帯の締めすぎか!?」

私の顔を覗きこみながら話すネジに、無我夢中で頷いた。すぐさまネジは固く結ばれた私の帯をほどきにかかった。結び目は身体の前側にあった。


「お前、帯を締められるとき腹を引っ込めただろう!?」
「う・・・え・・・??」
「使用人に言われなかったか?力を抜けって!帯をするときに腹を引っ込めてはいけないなんて一般常識だぞ!!お前さては着物を着た経験がほとんど無いな?」
「・・・痛っ」
「っ・・・ほら、もう少しだ・・・」

ネジが手早く帯を解いていくたびにだんだん楽になっていくのを感じた。そしてついに完全にほどいたとき、ネジは我に返ったようにサッと目を逸らした。私も気付いて慌てて衣の前を閉じた。


「わ、悪い・・・」
「や、ごめんなさい・・・」
「・・・ああ・・・」
「・・・あと、あの、」
「・・・・・・」
「・・・ありがとう」


恥ずかしい。窒息しそうだったところを助けてもらったことより何より、ネジに面と向かって・・・いや目は合わせられてないけど、お礼を言うことが恥ずかしかった。多分今までまともな挨拶の一つも出来なかったからだ。私にはなんてたくさんのステップがあるのだろうと気が重くなった。


ネジは何も言わなかった。私もネジを見れなかった。でもあれっ、なんだかこの感覚に覚えがある。これはあの時―――上忍になったばかりの、演習のときの・・・・・・



コンコンッ

「「!!??」」

突如した物音に私たちは勢いよく離れた。まだ心臓がバクバクしている。音のした方を見ると、窓だった。・・・鳩が窓ガラスをコンコン突っついているのだった。


「鳩・・・?」
「鳩・・・いや待て、多分リーたちだ」

ネジが窓を開けると、鳩はスッと入ってきて文机の上にチョコンと止まった。なるほど、足に文のようなものをくくりつけている。それを丁寧に取り外す役は私がした。

「木ノ葉隠れが飼育する鳩だな。チャクラの性質で届け先の忍を感知する鳩・・・口寄せ用の巻物を確かテンテンが五代目から預かっていた。俺のチャクラを通したチャクラ紙も渡してあったな」
「確かにこの方法なら後宮にいても情報が受け取れるね・・・」

外した文をネジに渡すと、ネジは私にも見えるように広げてくれた。


「二人はこの近くの宿に潜伏していて、最近後宮に出入りした者に探りを入れてる、か・・・ネジ、この距離なら白眼でも二人の位置が確認できる?」
「ああ。都の北側だ。・・・これで一先ず情報のやりとりは出来る」


ネジが微妙だった二人の空気を律するように軽く咳払いをした。真珠色の目が、真っ直ぐに私を見つめてくる。

「いいか、俺たちのやることをもう一度確かめておく。変死した椎家の娘たちのことを探る―――そして後宮で何が起きているかを見極める。この際、」
「分かってるよ、無茶はするなでしょ、聞きあきた」

ツンとした態度で言ってしまったのは、まだどこかでネジの態度に対してもやもやがあるからだ。


「・・・天才ネジさんからしたら頼りないかもしれないけどね、私だって上忍なんだから!」
「・・・・・・」
「ナメられるのは、嫌・・・」
「見くびってなんかない」

ネジが落ち着いた声で言った。

「俺はお前を信じてる。お前なら出来る、上手くやれる」
「じゃあ!」
「・・・ただ」


ネジの瞳が、僅かに揺れた気がした。


「心配、なんだ。俺は・・・」


ネジが言葉を濁したのは明らかだった。それなのに追求できなかった。そんな勇気、私には無かった。




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