ええか、女の子はな、お前ほどコンパスの長さもないし、体力もないから、歩く速さはちゃんと合わせてやらなあかんで。


そう、白石にきつく言われていたのに。



「けっ謙也くん・・・」
「あっ」
「もうちょっと、ちょっと待って・・・!」

そう言ってとてとてと俺の側まで走ってきた彼女は、少し息を乱しながらふんわりと笑った。ちょうど目指すバス停にたどり着いたところだった。

「ありがと、もう大丈夫」
「・・・おん」
「このぶんだとバス間に合うねー」


俺の甲斐性なし。なんでここで素直に「ごめん」が言えへんねん!

自分にイラついて顔をペチペチ叩くと、彼女が「蚊でいたの?」とすっとぼけたことを聞いてきて思わず吹き出しそうになる。アホか!今冬やぞ! って、アホは自分やった。どないすんねんホンマ。


白石の言ったことは分かってる。俺は自分が早足なのも理解している。だから今までは、誰かと歩くときはちゃんと気をつけて同じくらいの速さになるようにしていた。


でもどうしてだか、彼女だけはダメなんだ。彼女と一緒に歩いていると、頭がカーッと熱くなって、そんな細やかな気遣いができなくなってしまう。そんな余裕がなくなってしまう。彼女の温かさはこんな寒い冬でも空気を伝うようで、どうしようもなく緊張してしまう。情けない。


彼女だって笑って駆け足してくれるけど、疲れているに違いない。謝るタイミングさえ掴めない俺に内心呆れているかもしれない。そう思うとたまらなくなって、いつのまにか彼女の右腕をひっ掴んでいた。


「どうしたの?謙也くん」
「!!あっいや別になんでも・・・」


しもた!これ以上空気微妙にしてどないすんねん俺!若干慌てて手を離すと、意外にも今度は彼女が俺の腕をぎゅっと両手で握ってきた。えっ何事?


「えーと・・・?」
「・・・・・・」
「・・・?」
「・・・あっあのさ!!」
「おっおう!」

突如大きな声を出した彼女につられて自分も声を張ってしまった。彼女はほのかに赤くなって、伏し目がちに俺を見上げた。


「いっつも、こんなふうに手を繋いでたらさ、私謙也くんに遅れて迷惑かけないですむかもしれない!!」
「っ、」
「だ、だから・・・これから手、繋いでちゃダメですか・・・?」
「〜〜〜っ!!」
「・・・謙也くん?」


あかんむっちゃ可愛ええ!!やなくて!!女の子にこんなセリフ言わせる俺マジなんなん・・・!色んな感情が相まって顔から火が出そうだった。そんな俺を彼女は不思議なものを見る目でみつめてくる。他人から見たら百面相でもしとるんやろか。

あーあ。これ、俺が言わなあかんことやったよな、やっぱ。下手に硬派ぶって体裁気にして謝らんのってむっちゃカッコ悪いよな。侑士に見られたら大爆笑やなコレ。いや呆れて物も言えへんって感じか?どちらにしろ気持ちのいいもんやない。あかんな、これじゃ。



俺は一つ、深く息を吸った。そして彼女の手を取って、バス停から引き剥がすように先を歩きだした。彼女は案の定キョトン顔だ。


「ちょっ・・・謙也くん?バスもうすぐくるよ?」
「ええから、歩いて帰ろ」
「でも歩いたら一時間はかかるし・・・」
「俺、お前とやったら一時間歩いてもかまへんのやけど」
「えっ」

立ち止まって彼女を見下ろす。「?」って表情して、それから意味が分かったのかサッと恥ずかしそうに顔を伏せた。あーもう、可愛ええなあ。


「俺、早足ならんよう気を付ける。せやからこの一時間、リハビリのつもりで俺にくれん?」
「謙也くん・・・」
「絶対さっきみたいに走らせんから」

彼女はしばらく呆気に取られた顔をしていた。そしてクスクスと嬉しそうに笑い出した。


「え、今笑うとこやったやなかったんやけど・・・」
「ちが、ごめん!嬉しかったの!謙也くん私のこと考えてくれてたんだなって!それでなんだか照れて、笑いが出てきちゃったの!」
「プッ・・・なんやそれ、照れ隠しなん?」
「ちょっ笑わないでよ!元はと言えば謙也くんが!」


気づけば二人して笑いながら、同じペースで歩き出していた。なんだ、並んで歩くって、こんな簡単であったかいことやったんやな。

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