ペットショップ(財前?) | ナノ


渡邊オサムという男が営む四天宝寺ペットショップの一角には、大変人気の猫のコーナーがありました。その大小さまざまな猫の中で、黒く艶々した毛並みを持つ中型の猫がぐっと体を伸ばして寝そべっていました。この猫はいつもこうして、自分の居場所を強引に確保しているのです。

渡邊氏は彼をひかると呼んでいました。ひかるは凛々しい顔立ちをしていましたが、気が強くて生意気なので周りの猫は少なからず彼を敬遠していました。ひかるは今いる猫の中で一番の古株なので、ひかるに逆らう猫は誰もいませんでした。ひかるもまた、特に自分から他の猫に話しかけようとはしませんでした。


以前はそれでもひかるに話しかける猫はいました。ひかるも最初から古株だったわけではないので、先輩の猫には渋々ながらも従いましたし、話しかけられたら面倒くさそうな態度を取りながらも応じました。ひかるを恐れない怖いもの知らずな後輩もいて、昔のひかるの毎日はそれなりに目まぐるしかったのです。


でも、みんないなくなりました。みんな優しそうな飼い主に買い取られていきました。


美しい完璧な毛並みを持つくらのすけも、おおらかで気ままなせんりも、頭がよくて人懐っこいこはるも、猫なのに犬やインコの鳴き声が真似出来るゆうじも、もの静かで落ち着いたぎんも、空気が読めるけんじろうも、破天荒で元気が取り柄のきんたろうも。

みんな、未知の世界に戸惑いながら、それでも笑って尻尾を揺らしながらサヨナラを言って出ていきました。



ひかるは、ずっと一匹でした。ずっと、一匹で過ごしました。


ひかるのしなやかな体躯に惹かれて欲しがるお客もいました。しかし人に従うのを好まず、抱き上げようとすると威嚇するひかるを見てみんな諦めるのでした。

風の便りで、昔の同胞たちはちょくちょく会ってお互いを懐かしんだりしているということが分かりました。だけどひかるはどうでもいいと思いました。どうせ自分はいつまでもここで煙たがられながら生きていくのです。


そのうち話すことも忘れ、ただ息をするだけの迷惑な猫になるかもしれません。ひかるは雑種なので、大きくなりすぎて売れる見込みが無くなったとき、オサムちゃんにまで見放されて捨てられるかもしれません。


―――そうなったらそうなった、や。

他人に死にザマを晒すのだけは勘弁やなあ、と思いながら、ひかるは今日も寝転んでお昼時のまどろみに身を任せようとしていました。




「おっ!ここやここ!」
「ちょ、走んなや」
「おっとすまんすまん、侑士じゃ俺に追い付かれへんもんな」
「あ?しばくで」

聞き慣れない子どもの声にひかるの尖った耳がピクピクと反応しました。のっそりと起き上がると、同じくらいの背丈をした男の子が二人店に入ってきていました。髪の毛をヒョコヒョコさせた元気そうな子と、丸い眼鏡をかけた大人びた子。どちらも小学校中学年くらいでしょうか。冬の冷気に震えていた彼らは暖かい店内に入ってホッと息を吐きました。


二人の来店に、レジで暇そうに新聞を読んでいたオサムちゃんが顔を弛めました。

「おお、アホ毛の方は昔イグアナの正子を買ってったガキやな?正子元気か?」
「アホ毛やない!それにあの子はもう正子て名前やないねん!おっちゃんのネーミングセンス時々おかしい!」
「まだ三十にもなっとらんのにおっちゃん・・・・・・傷つくなあ。せめてオサムちゃんと」


どうやら一人は店に来たことがあるようでした。イグアナなんて、あんなガキがけったいなモンを・・・・・・とひかるが半ば呆れていると、眼鏡の方が「今日の本題!」と言いながらヒョコヒョコ頭の少年をつつきました。


「せやった!翔太が『兄ちゃんばっかペットずるい!』って騒ぐから何かプレゼントに買いにきたんやった!」
「弟さんか?またイグアナやったり?」
「いやイグアナは嫌なんやて」
「やっぱりか」


何がええかなーと呟きながら、ヒョコヒョコ頭の少年は楽しそうに店内を物色し始めました。そしてふと、猫のコーナーに目を留めました。


「猫!猫なんかどや侑士!俺猫好きやで!」
「重要なんはお前やなくて翔太の好みやろ。まあ翔太も猫は好きやろけど」
「あのー・・・君ら猫買えるくらいのお金なんて持ってきとるん?」
「「うんまあ」」
「・・・医者んち怖い」


ため息をつくオサムちゃんを尻目に猫のコーナーを見て回る少年たち。キラキラした目に幾度となく追い回され、ひかるは少し所在なく感じました。

まあええわ。また俺には関係ないことや。そう思って目を閉じようとしたひかるは、ヒョコヒョコ頭の子が抉るような視線で自分を見ていることに気付きました。


「っ・・・!?」
「これ!こいつがいい!この猫!侑士!」
「はあ、黒の雑種の・・・雄?なんやどうせなら雌にせんの?」
「なんかお前が言うと変態くさい・・・ええねん!俺はこいつにビビっときた!」

「どれどれ」

二人の会話を聞き付けたオサムちゃんが、ひかるのいるショーウィンドウの前に屈みこみました。


「あーひかるか。ひかるはな、坊っちゃんらみたいなガキんちょにはちょお荷が重いかもしれへんで」
「ひかるっていうんや!可愛えなあ」
「うん、オサムちゃんの話聞いてくれる?ひかるはな、かいつまんで言うと生意気で人に慣れんし引っ掻くし、気まぐれでワガママや。長いこと貰い手がなかったからそれなりに成長してしもたし。躾も大変やと思うで?」


オサムちゃんは一応ひかるのありのままを二人に伝えました。眼鏡の侑士と呼ばれた少年が顔を曇らせました。

「おい、その子は諦めた方がええって」
「はあ?何で?嫌や!」
「何でって・・・」
「だってコイツ、なかなか賢そうやし。きっと大丈夫や。躾やって少しヤンチャなくらいがやりがいがあるやろ。それにな」


ビクッ


ヒョコヒョコ頭の少年がいきなりガラスに顔をくっつけてきたので、ひかるは思わず後退りしました。


「コイツ、めっちゃ寂しい目しとんねん。友達おりそうにないで。俺や翔太が仲良くしてやれば変わるんちゃうかな。あ、侑士も」
「ついでか」
「アホ毛・・・・・・」
「アホ毛やないて言うとるやろ!なあひかる、うちにこんか?」


スッと差し出された少年の手にうろたえたひかるは、咄嗟に少年の指に噛みつきました。

「つっ・・・!」
「おい!大丈夫か!?なんやこの猫・・・!」
「アホ毛くん!!」


あ、あかん・・・

ひかるは叩かれるのを覚悟でギュッと目を瞑りました。ひかるが攻撃したとき、驚いた勢いで手をあげる客がこれまでにもいたのです。


しかし、


「大丈夫やで」
「・・・・・・!」
「大丈夫やでひかる。俺なら全然平気や」


噛まれた歯形からぷっくり溢れた赤い血を、なんでもないというふうに拭った少年はニッコリとひかるに笑いかけました。


・・・なんや、この人・・・


「謙也、いつからナウシカぶるようになったん」
「うっさい侑士!そんなつもりやない!」
「ええ話や、オサムちゃん泣けるで・・・」
「いや泣かれても困るんやけど。ほら、ひかる!」


謙也、さん。


ヒョコヒョコ頭の少年は、にこにこしながらひかるに向かって両手を広げました。


「おいでひかる!お前がうちのイグアナに噛みつかんのやったら、俺らがお前の新しい家族になったる!」
「・・・・・・!」


ひかるは少年をじっと見据えました。そして、自分の足元を一度見て、意を決したように少年に飛びつき、猫にしか分からない言葉でそっと呟いたのでした。








「んなもん頼まれたって近付きたくもないわ。アホ」

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