ちぐはぐな視線を交わして(柳) | ナノ


アイツが貸して欲しい写真があると言うからわざわざ家にまで来てやったというのに、「今手が放せないから上がってきてー」とはどういう了見だ。

玄関に出てきて「いつもごめんね」と苦笑する叔母さんに会釈し、靴を揃えてから遠慮なく部屋に上がると、そこに広がっていたのはこれまでお目にかかったことがないほど散らかった部屋だった。足の踏み場も無いその空間に、Tシャツに短パンという色気の欠片もない女が一人。部屋の中央のテーブルで必死に何か描き殴っている。


「・・・少しは片付けろと言っているだろう」
「うっさいなー蓮二には関係ないでしょー」
「ここに自分の私物を残していくのはとても不安だ」


そう言って頼まれていた写真の入った封筒を差し出すと、気難しそうな顔から一転。おーありがとー!と、丸い目を細めて笑った。気紛れな表情の変化はまるで猫のよう。


「そもそもテニス部の写真など何に使うんだ?というか俺が座る場所くらい作れないのかお前は」
「あ、そこ踏まないで!まだ乾いてない!」
「・・・一体お前は何をそんな一生懸命に」


そう言えばデータに無いな、と思いコイツの手元を覗きこんだ途端、俺は静かに凍りついた。


彼女の周りにところ狭しと広げられていたのは漫画家が使うタイプの原稿用紙だった。そしてそれには、黒くてデカイ毛玉を抱えて幸せそうに笑う、黒髪を切り揃えた少年が。奇しくも自分が毎日鏡で見る姿に酷似していた。


「・・・これはどういうつもりだ」
「やーほんと助かったよ!切原くんの目の色がどうしても思い出せなくてさ!」
「これは赤也なのか!?」


紙面の俺が恍惚とした表情で抱きかかえている毛玉は赤也の頭らしかった。どういうことだ。というかコイツらの間の甘ったるい空気は何だ。俺は彼女の顎を掴んで無理に目を合わせた。作業を中断された彼女は不機嫌そうである。


「おい、俺と赤也を使って何を描いている」
「失礼な!蓮二と切原くんじゃないし!柳沢蓮一郎くんと切田赤彦くんだし!」
「・・・頼むから柳沢はやめないか。該当者がいる」
「ていうか退いてよ!次のイベントに間に合わないじゃん!」
「なっ」


頬を膨らましむくれる彼女は果たして自分の言っていることが分かっているのだろうか。さっき氷漬けになった俺の心臓はたった今粉々に砕けようとしているのに。

つまり彼女は俺と赤也を同人誌のネタにしていたのである。イベントとは所謂同人誌即売会のことだろう。彼女にそういう趣味があることは長い付き合いから薄々感づいてはいたがまさか発信する側で、しかも自分が登場人物にされようとは。その上愛しあっているのは男の後輩だ。紙面の自分が紡ぐ甘ったるい愛の言葉に軽く目眩がした。もしかしたら俺はこの件に関して無意識にデータを取るのを避けていたのかもしれないと思った。


俺は彼女の顎を挟みこむ手を移動させて、その柔らかな頬を押し潰した。


「はっきり言う。手遅れになる前にやめろ。どうせそのイベントとやらには立海の女生徒たちを呼んでいるのだろう」
「ふ、ふん・・・」
「こんなことをしでかすのはこれが初めてか」
「ふぁ、ふぁい」


パッと手を離すと彼女は勢いよく原稿用紙を集め胸にかき抱いた。俺に破り捨てられるとでも思ったのだろうか。全く、幼い頃から同じような環境で育ってきたくせにどこでこういう趣味を覚えてくるのか。怯えたように僅かに潤んだ瞳が俺の苛虐心をくすぐった。


「しかし・・・成る程な、お前は俺がそういった行動をするのが好きなのか」
「へ!?いや好きってゆーか女子全般の欲望的な・・・」
「欲望ときたか。それならわざわざ絵に描かなくとも、」
「ひゃっ!」


ぐるっと彼女を後ろから抱き締め、そのまま背後のベッドに背中を預けた。俺の膝の間に彼女を押し込んでいる状態。腕の中の彼女は驚くほど柔らかく、真っ赤になっていた。


「ちょ、蓮二っ・・・!」
「お前が描いていたのと同じだぞ」
「や、だから私がしてもらいたいんじゃなくて・・・ん!」


描写の通り、なぞるようにして耳に唇を落とすと彼女はプルプルと震え始めた。見たことがないような新鮮な反応に興奮を覚える。悟られないよう気をつけながら敢えて耳元で低く囁いた。


「お前の頭は単純なくせして行動が読めないな」
「ひゃっ、もうしませんっ・・・!」
「どうだか」


本当に昔から彼女は読めない。天真爛漫で気分屋。こんなお転婆猫をしつけろと言う方が無理な話だ。とは言うものの、予測がつかない思考回路や異なる価値観、何よりくるくると変わって飽きないその表情に、誰よりも惹かれている自分がいることも確かで。


腕の中で彼女がもぞもぞと動き、視線がかち合った。そう。この挑戦的な目も、とても俺好みだ。


「は、放して!」
「嫌だと言ったら?」
「何で・・・あ!返してよ!」


彼女が持っていたネーム画をペラペラと流し読みした。見れば見るほどの桃色の空気が癪に触る。なぜ赤也。そしてなぜよりによってお前が描く。小憎たらしく最高に魅力的なこの猫は本当に。

手に入る、と思ったところで簡単に腕をすり抜けていく。そんなところがまた俺の完璧主義を煽るのだ。


「そうだな。じゃあお前が考えたこのラストのようにするというのはどうだ?」
「ラストって・・・まさか」
「赤彦くんからの情熱的な口付け」
「な!ない!ないないない!ていうか何で私が!蓮二に!」
「連れないな。まあ蓮一郎くんからしてもさして変わりはないか」
「っ・・・!」


とはいえ、彼女を手に入れるためなら多少の鈍感くらい堪えなければいけないのかもしれない。







幼馴染み企画「君のとなり」さまに提出しました。素敵な企画に参加させていただきありがとうございました!
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