「私自身・・・」
「そうだ。日吉を困らせない理解のあるいい女になろうとして自分を押し込めてるだろ」
跡部はどうしてだか全部知っているのだ。そして私の心までその眼力で見抜こうとしている。
「それは・・・そうでしょ。私だって日吉とは別れたくないよ。目移りしないでいつまでも好きでいて欲しいって思うのは普通でしょ」
「それだけじゃねえ。てめえは要するに“日吉が困る”のが嫌なんだ」
「え・・・」
跡部が真っ直ぐ私を見据える。その眼光は容赦なく私の心中を抉る。
「例えば遠距離を日吉が煩わしく思うのが嫌。電話代の負担がかかるのが嫌。寂しがる自分に日吉が気を遣うだろうことが嫌」
そして、
「日吉の自分への恋心が冷めたとき・・・日吉が日吉自身を責めるだろうことが嫌」
涙が零れ落ちた。
そう。日吉は誰より真面目で自分に厳しいから。
きっと色々一人で抱えて自分を責めると思うんだ。行き詰まってしまうと思うんだ。その負担を和らげるのが彼女なのに私は側で支えてあげられないばかりか悩みの原因になるなんて
そんなの私が耐えられないんだよ。
「だとよ日吉。後はお前の仕事だぜ」
「!!??」
いつの間にか誰も居なくなった教室。ガラッと扉が開いてそこに立っていたのは、見慣れたはずなのに随分久しぶりに感じる茶髪の少年。
「ひ、ひよし」
「・・・何泣かせてるんですか跡部さん」
「ガタガタ抜かすな。誰のお陰と思ってんだ?」
「俺は樺地に言われて来たんです」
「チッ・・・まあ俺様は消えてやる。それとそこのアホ女に一言言っとけ」
私はここにいるのに、跡部は日吉に向けて言った。
「『俺様を誰だと思ってやがる。キングの手にかかれば東京から九州の距離なんて屁でもねえんだよ』」
「え」
「『お望みなら週一でも拐ってやる。覚悟しやがれ』」
「・・・!跡部さん」
「あばよ」
跡部は笑いながら日吉の脇をすり抜けて出て行った。
二人だけ。
ここには今私と日吉の二人だけだ。
互いにじっと見つめ合う。この数日の分を補うように。そして。
「・・・久しぶりですね、先輩」
「う、うん」
「入りますよ」
「うん・・・」
私たちは今、向かい合っている。