創世主(幸村) | ナノ



べちょり、とカンバスに付けた筆先から不穏な赤褐色の絵の具が垂れてきて、ため息をついた。乱雑に雑巾で拭うと妙な方向にはねる。さっきからずっとこれの繰り返しだ。



美術の成績が万年アヒルの私には油絵の課題なんてものは苦痛でしかない。おまけに授業中にだらけていたせいで放課後に居残りさせられる羽目になってしまった。最悪である。

目の前の大きな皿には盛り付けられた紛い物の果物が鎮座している。これを静止画にするのが課題だった。生気が無いくせに難しい。葡萄の紫が気持ち悪くなる。ちくしょー早く帰りたいのに、


「あれ、まだ居たんだ」
「げっ幸村」
「げって何かな?」

にこやかな顔で美術室に入って来たのは同じクラスで隣の席の幸村だった。画材を取りに来たらしい。くそっ、よりによってなぜこのタイミングで来るんだ。


「何やら面白いことになっているね」
「ちょっ見ないでよ!」
「いいじゃないか、絵画なんて見られてなんぼでしょ」
「未完成なんだもん!」
「百も承知だよ」


そう言って幸村は私のカンバスを値踏みするようにじろじろと見た。すごくきまりが悪い。だって自分が描いた下手な絵を上手い人に見られるのってすごく恥ずかしい。

授業の時だってそうだ。幸村がサッサとハイレベルな絵を描き上げていく隣で無様な画力を晒しながら作業する勇気が果たしてどれほどの女子にあるというのか。先生配慮しろよ!と何度言いたくなったことか。


「何?何かアドバイスでもしてくれんの?」

あまりの恥ずかしさに開き直るしかない私。惨めすぎる。しかし幸村は頷きながら至極真っ当な顔で画布を指差した。


「この絵が全体的に幼い印象になるのはね、君が原色に近い色ばかり使っているからだ。色は最低でも三色くらい混ぜないといい色にならないんだ」
「・・・そりゃどうも」
「加えて明度が高すぎるね」
「めいど?」
「色自体の明るさ。一番高いのが白で、一番低いのが黒だよ。暗い色が無いと明るい部分は映えない」
「・・・」
「だからこの葡萄の濁った赤は色としてはすごくいいと思うよ」


えっ。

思わず幸村をまじまじと見つめてしまった。そんな私ににこりと笑い、幸村は言葉を続ける。


「でも葡萄全体に塗るには暗すぎるかな。ちょっと紫作ってみなよ」
「う、うん」
「ああ、青は強く出るからそんなに付けなくていいよ」
「ひゃっ」

幸村は私の右手から優しく筆を取り上げ、パレットで青を擦り落とした。筆に付着した青に赤を混ぜて、幸村の手から新しい色が生み出される。酸味の強そうな赤紫だった。


「ベースはこんなものか」
「・・・赤と青の混ぜる割合はどのくらいなの?」
「ん?8:2くらいかな。」
「はちたいに・・・」


幸村はさらにそれに微量の紺を混ぜ、緑を少々加えてた。私でも分かる。色が生き生きしてくる。何だか幸村の手が魔法をかけてるみたいだ。なんて恥ずかしいことは絶対言わないけど。

「ちょっとだけだよ、」と笑いながら幸村の持つ筆がカンバスに触れた途端、死んだような絵に命が灯ったた気がした。サッと塗り広げられる赤紫はまるで元からそこにあったかのようにすっきりと絵に落ち着いた。


「これにもちろん濃淡の差は付けるんだよ。この手の絵はくすんだ色をいかに上手く使えるかが決め手だから安易に白を使わないように」
「うん・・・」
「グラデーションにはスポンジや雑巾なんかも役立つから、色々な拭き方を試してみるといい」
「は、はい!」
「ふふ、いい子だ」


じゃあそろそろ部活に戻るね、と言いながら幸村がポンと私の頭に手を置いた。どきりとしたけど、動揺したら負けだと思ってしかめっ面を作ったら、幸村はまたおかしそうに顔を崩した。

あ、眉を寄せて笑うと幼く見えるんだ。知らなかった。幸村にも知らないことってあるのかな。もし私が教えてあげたら、君はどんな顔をするんだろうか。






TheTopの企画に提出させていただきました。今回のお題は「8:2がベストです」でした。
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