七話 | ナノ


「おーい」
「!」


ふっと顔をあげると佑子が私の目の前でひらひら手を振っていた。


「な、なに・・・?」
「なに・・・?じゃないよ!せ・き・が・え!あたしこの席になったから。あんたもサッサと移動しなきゃ」
「あ、ごめん」


ガタガタと荷物を片付けていると、佑子は私がさっきまで開いていたノートを引ったくった。


「ちょ、返してよ」
「何これ。同じ文章何回も・・・字の練習?もう十分上手いじゃん。どうして今さら?」
「・・・」


自分でも分からない。ただ私の字が好きだと言った坊っちゃまの言葉が頭の中をぐるぐる回ってしまって、いてもたってもいられなくて、落ち着かなくて。代わり映えのしない自分の硬い字をぼうっと眺めた。変なの。私、褒められたらもっともっとっていうタイプだったのかな・・・


いやいや何考えてんの!雑念を振り払うように荷物をかき集め、自分の席を確認した。くじ引きで決められたそれは廊下側の一番後ろだった。人の出入りが多くて煩わしいこと以外はまずまずだ。


「あれ、」
「・・・!花本くん」


廊下側から二列目の一番後ろ。ちょうど私の隣の席に着いていたのはいつしかの花本くんだった。私の頭の中では同じ苦しみを分かち合う戦友である。軽く会釈するとニコッと明るい笑顔を返された。今まで怯えた顔と疲れた顔しか見ていないので新鮮だ。


「また隣だな、よろしく」
「また・・・?ああ、入学式の時か」
「そうそう!ていうか今会長補佐やってんだろ?あの跡部相手によく堂々としてられるな」
「・・・花本くんは跡部くんが怖いの?」


確か彼は坊っちゃまに一度目を付けられていたはずだ。理由はよ不明だけれど。


「怖いっつーか・・・」


腕組みをしながら首を捻る花本くんは坊っちゃまよりよほど高校生らしく見えた。


「アイツちょっと浮世離れしてるよな。とにかく色んなことが規格外すぎる。テニスの強さはすごいしリーダーシップもあるけどさ」
「ああ確かに。でも坊っ・・・跡部くんはそれでも一年生なんだから花本くんが萎縮することないんじゃないかな。花本くんが教えてあげられることがきっとあると思うよ」
「・・・・・・!」


花本くんは息をのんだ。

「そう思うか?」
「うん」
「・・・なんかやっぱお前すごいな。跡部のこと分かってるし、人間を見てる」
「そんなことないよ。てかあの跡部くんを理解しきる日なんて来るわけがないよね。むしろ完璧に理解するなんて怖すぎるよね」
「ふはっ、そりゃそうだ」


楽しいなあ、と素直に感じた。


―――まさか、このやりとりが誰かの目に留まるなんて、思っても見なかったんだ。

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