誰か嘘だと言ってほしい。


「紅白対抗リレーに出る予定やった陸上部の山岡さんがさっきの綱引きで転んで大勢に踏まれたりしてしもて、足が使いものにならへんのやって。とても走れる様子やないんよ」
「アンタその子の次に足速いみたいやから、ね、出たって?」
「えっ・・・」

運動会当日、赤組のリーダーたちにこう懇願された。突然の申し出に驚きとか焦りとか色々あるけど、とりあえず


「む、無理です・・・!!」
「なんで!?赤組が優勝せんでもええの!?」
「せや!このままやったら負けるんやで!」
「だっだって、」

そっと、一緒に集められた赤組のリレーメンバーたちへと視線を滑らせた。 不安そうな人たちの中で、神妙な面持ちで私をじっと見つめている顔があった。


忍足謙也くん。山岡さんがバトンを渡すはずだった人。ついでに言うと赤組のアンカーの人。さらに言うとこの四天宝寺一の俊足で、言わずと知れたテニス部のレギュラー。

こんな大それた人にバトンを渡すなんてそんな責任重大なこと私には出来ない。もし私が途中でずっこけたりして忍足くんの顔に泥を塗っちゃったらどうしよう。耐えられない。ていうか忍足くんのファンに祟られる。中途半端に足が速い自分も恨めしかった。

ああ山岡さん、どうして怪我なんてしてしまったの・・・!!


私が断ったことでリーダーたちにはどよめきが広がっていた。

「どないする?やっぱ女子のアンカーなのがあかんのやろか」
「せやけど他のみんなはバトンパスとか練習してきたやんか。今さら入れ替えるなんて無茶や」
「このままじゃリレーは・・・もうすぐ入場門に集合する時間や・・・」

・・・・・・何とでも言え!私には無理なんだもん。ガラスハートなんだもん・・・周りの喧騒と罪悪感から逃れるようにギュッと目を瞑った。本当は耳も塞いでしまいたかった。



「ちょっとええ?」
「!」

ポン、と肩に手を乗せられ私は弾かれたように飛び上がって目を開けた。そこには、こちらが驚くくらい優しく微笑んだ、


「忍足くん・・・」
「そんな気負わんといて。別に無理して出ろやなんて言わん。目立つの嫌いなヤツもおって当然やし」
「・・・・・・!」

予想外だった。てっきりまた出ろって頼まれるんだと思っていた。何より忍足くんの朗らかな顔が、その発言が心からのものだと裏付けていることに目を見張った。

忍足くんは優しい笑みのまま続けた。

「ほんま言うたら俺やってリレー勝ちたい。やけど土壇場で不本意なヤツが無理矢理出ても、それはそれでなんか釈然とせんやん」
「・・・・・・」
「でも、もし」

急に忍足くんの顔が引き締まる。肩に置いた手にキュッと力が入り、忍足くんの視線に縛りつけられた。真剣な表情。何度か見たことがある。彼がテニスをする時の顔だ。


「もし、出てくれるんやったら、もし俺にバトンを繋いでくれるんやったら、絶対後悔させへん!」
「えっ」

忍足くんの声が心なしか熱を帯びた。

「自分がどんなに差つけられても俺が絶対抜き返したる。自分が万一コケたりしても俺が絶対取り返したる。絶対一位になる。そいで、絶対幸せな気持ちにしたる!」
「っ・・・!!」

なっ!

私をはじめその場にいた女子はみんな真っ赤になった。男子の一人がこそっと「謙也、それまるでプロポーズやで」とツッコむと、忍足くんも我に返ったように徐々に赤くなっていった。


「と、とにかく!この浪速のスピードスターに任せとったら間違いないっちゅー話や!」





ドッドッドッドッ。

さっきから心臓が早鐘のように鳴っている。全身から嫌な汗をかいていた。自分の立っているテークオーバーゾーンに向かって走ってくる赤いハチマキを見た瞬間緊張は最高潮になったけど、トラックの反対側で身体をほぐしている忍足くんを見ると不思議と心が落ち着いた。走者は各組二人で、現時点の順位は白・赤・赤・白。私のチームは二位だ。

頃合いを見て走り出した私の手に、前の順番の男子が確かにバトンを手渡した。ダッシュする私の少し先に白組の走者がいる。あの子は陸上部のエースだ。いつもの私ならしり込みするけど、今は少しでも差を縮めてやろうと思える。それも全部彼の力だ。


忍足くんのおかげで私は罪悪感に苛まれることも、プレッシャーに押し潰されることも無くなった。息は苦しいけど頭では何も考えない。ただ少しでも速く走って忍足くんに繋げるだけでいいのだ。そのことがこんなにも清々しい。

忍足くんの背中が見えてきた。差は少ししか縮まらなかったけど彼ならなんとかしてくれるという確信があった。最後の力を振り絞って忍足くんにバトンを渡したとき、彼は横目で私を見て不敵に笑った。その瞬間ホッと安堵の息がもれた。


目の前から走り去る忍足くんの背中、思っていたよりずっと広くて逞しかった。荒い息を整えながら赤いハチマキの行方を追う。彼の金髪は、日射しを受けてキラキラと輝いていた。どこにいても絶対光っていて、明るく照らしてくれる星みたいだった。


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