恐くない(仁王) | ナノ


「ね、雅治。大丈夫だから腕そんな強く掴まないでくれる?」
「・・・・・・」
「すごい血が止まってるんだけど」


私がどんなに声をかけても雅治はカタカタと歯の根を鳴らしたままだ。いつも曲がっている背筋はピンと、というか「絶対離れない」とでもいうようにソファーの背もたれに張り付いていた。雅治の向こう側では五歳くらいの男の子が母親とおもちゃで戯れていた。



チュイーンガガガガガ!!!!!

「!!」
「いたっ!もう雅治離してよ!中三にもなって歯医者が怖いって何!」

耳元で怒鳴ってやると雅治は慌てて手を離したものの、瞬時に怯えた子犬のような目をした。どこまでも卑怯だ。


二十分前、突然電話をしてきた雅治は既に酷く狼狽していた。

「き、きてくれん?怖いんじゃけど」
「は?どうしたの。何が怖いの?」
「歯医者。南歯科。今入り口におるから早く!」
「・・・歯医者?」
「ここ姉貴の知り合いが勤めとるから逃げられん・・・!」


まあつまり虫歯の治療に行かない雅治に家族が痺れを切らし強制連行、というわけだった。拍子抜けしながらもあまりに電話口の雅治が切羽詰まっているので放っておくわけにもいかなかった。

そして渋々教えられた通りに行ってみれば小児歯科の前で佇む175センチの雅治がいたのだから私の脱力を察してもらえると思う。いくら中学生でも周りからの視線が痛すぎる。雅治のことは大好きだけど、小さい女の子が「ママーあのお兄ちゃんふるえてるー」と笑うのを聞いたときはさすがに情けなくなった。


「音が気になるなら雑誌でも読んでたら?」
「いい。時間が早く過ぎる」
「あのさあそうは言っても」
「お前さんに触っとるほうが、落ち着く」


・・・ああもう、本当にタチが悪いこの男。そんな風に言いながら手を握られたら何も返せない。細く骨張った長い指が私の指の間をまさぐる。簡単にほどけないように深く絡められる。雅治の手は少し汗ばんでいた。ぎゅっと縮こまったまま顔色を窺われて結局私の方が雅治を抱き締めたくてたまらなくなってしまった。


「まさはー・・・」


「仁王くん。仁王雅治くんどうぞー」



「雅治、行かなきゃ」
「・・・うう」
「虫歯が治ったら何でも作ってあげるから」
「ほんと?」


子どもたちが「におうだって」「だれー?」と口々に言う中、すくっと雅治が立ち上がった。繋いだ指が一本ずつほどかれ、最後に小指を一際強く絡ませた。


「絶対待っとって」
「分かってるって。行っといで」
「指切りゲンマンじゃからの」
「はいはい分かりまー・・・」


指を離すと、覆い被さってくる影がすぐ近くにあった。

雅治は無表情でそのまま顔を接近させ、私の唇をペロッと舐めた。


「ッ!?」
「担保。待っとったら続きしちゃる」
「は!?続きって何・・・」
「じゃ、行ってくるぜよ」


そう言ってニッと笑い、雅治は診察室に消えていった。


「・・・」


さて、私はこの突き刺さる視線の束をどうすればいいんだろう。






六万打踏んで下さっためるさまのリクエストでした。リクエストありがとうございました!
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