六話 | ナノ



「おい、そこの書類」
「はい」
「コーヒー」
「はい」
「これ終わったらお前も休め」
「恐れ入ります」


景吾坊っちゃまの補佐になってからもう二週間が経つ。初めは嫌で仕方なかったこの仕事も、やってみればいつもお屋敷でしていることと大差ないと分かった。慣れている分サクサクはかどるので他の生徒会役員も何も言わない。この勤勉さが噂になって坊っちゃまのファンも鎮静化した模様だ。味方につけるべきは風評である。


そして補佐になってからもう一つ、気づいたことがある。


「跡部くん、これ今日の分のファンレターです」
「・・・そこへ置いておけ」

景吾坊っちゃまは軽く私を睨んでから目をふせた。言われた通り机に置くと、坊っちゃまは物憂げに手紙の束を手に取った。


手紙、全部読むんだ。


意外だった。景吾坊っちゃまが毎日たくさん女生徒からの手紙をもらうことは知っていた。だからこそいちいち目を通すわけないと思っていた。

いや、坊っちゃまはそういう人だ。人の気持ちを無下に扱ったりはしない人だ。だからこそ色んな場所で頂点に立てるのだ。私は何を考えているんだろう。


「・・・何見てんだ?」
「えっ」


景吾坊っちゃまが怪訝そうに私を見ていた。いつの間にかファンレターを読む坊っちゃまを凝視していた。失礼だった。


「あ、すみません、えっと・・・手紙の字が可愛いなあと」
「字?」
「はい。宛名の字も、近頃の女の子は可愛いですよね」




「俺は、お前の字の方が好きだ」
「え」


坊っちゃまはうつ向いたまま視線だけ横に流した。蒼い瞳に手紙の文面が映っていた。


「力強く、凛としていて美しい」
「・・・・・・」
「お前の字の方が、好きだ」
「・・・っ」


何なんだろう。字を褒められただけだ。それだけなのに。

心臓がざわついた。


「どうした?」
「いえ、あの」
「フン、らしくねーな。今日はぼーっとしやがって」


疲れてんのか?と目を細めて笑う坊っちゃまに、何だか泣きそうになった。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -