「ていっ」
「・・・は」
携帯ゲームの液晶から顔を上げ、軽く目を見張った。何故かと言われればそれはわたしの部屋のドアがノックもせずに勢い良く開けられたから。そしてそこにいたのが幼馴染みの丸井ブン太だったからだ。親は仕事でいないから、家へも無断で入って来たんだろう。
「ちょ、何勝手に入って来てんの。って言うか今昼休みじゃん学校どうしたの!」
「学校どうしたのはこっちのセリフだろぃ。どういうことだよ学校一週間も休んでるって。お前と同じクラスのジャッカルに聞いたんだかんな」
ブン太はずかずかと部屋に入って来て、ベッドのわたしの隣に腰かけた。中学入ってから部活が忙しくて全然遊んでいなかったのに、なんて躊躇いの無い動き。厚かましいことこの上ない。
「ちょっとわたし部屋着だし・・・」
「なあ、何があったんだよ。お前の友だちも何も知らねえって言ってたぞ」
ブン太が真っ直ぐな目で、わたしの両目を覗きこんでくる。何だか落ち着かなくてわたしは視線を逸らそうとしたけれど、
「ちゃんとこっち見ろぃ」
左頬にブン太の手が添えられていて、動かせない。
「どうしたんだよ。誰かに苛められてんのか?」
「ちがうよ」
「じゃあ何。お前放課後よくテニス部見に来てただろ?今週いないと思ってたらいきなり不登校って何訳分かんないんだけど」
「・・・別に、ただの気紛れ」
「一週間てどんな気紛れだよふざけんな!」
煮え切らないわたしの態度にイライラしたのか、ブン太が語尾を荒げた。
「お前なあ、みんな心配して、」
「うるさいなあ!!ブン太みたいなヤツには分かんないよっ!!」
堪えきれずに叫んでしまった。ブン太はぽかんとしている。構うもんか。ブン太が悪いんだ。ブン太が。
「ブン太みたいに毎日青春して充実してるヤツには分かんない。目標があってキラキラしてるヤツには分かんない。仲間と楽しく部活なんてしてるヤツには分かんない!!!」
「・・・」
テニス部に入ったブン太と、特にやりたいことが無くて何も始めなかったわたし。わたしが一人で下校するとき、友だちと笑いながら部活に行くブン太。
あまりにも楽しそうだったからこっそり見に行った。びっくりした。練習はすさまじかったけど、見たことないくらい生き生きしたブン太がいたから。強豪の部活で誰にも負けないくらい輝いていた。複雑な気持ちを抱えながらも、楽しそうなブン太を見ていたらわたしも楽しかったからよく通った。
そしてこの前、ブン太はレギュラーになった。たくさんいる部員の中で本当にすごい。おめでとうって言いたかったけどこんなわたしに祝われたってブン太は嬉しくないだろう。
わたしなんかより何倍も可愛い子たちがブン太に美味しそうなお菓子を持って素直に「おめでとう」と言っていた。ブン太は笑顔で応えていた。わたしだって言いたい。ブン太に笑ってもらいたい。だけどこんな夢も目標も無く毎日だらだら生きてるわたしがあんなキラキラした人に言える言葉なんて無い。
わたしって何のために学校に行ってるんだろう。ブン太みたいに誰かに感動を与える訳でもなく、目的がある訳でもなく。そういう考えが頭をぐるぐる回って、毎日が酷く虚しくなって、学校に行く気力も無くなった。
「・・・今までずっとそんなこと考えてたのか」
「呆れたでしょもう帰りなよ部活あるんでしょ」
「バカだなあお前」
ふとブン太を見ると目を細めて優しく笑っている。
「お前が学校に行く理由なんて、天才的な俺のプレーを見るってだけでだけで十分すぎんだろぃ」
「・・・は?」
「そんで俺が勝ったらおめでとうって言えよ。レギュラー取ったらサスガブン太くん天才的!!って言えよ。お前が言えば俺は嬉しいから、それでいいだろぃ?」
「っ」
「俺のために学校来いよ」
「・・・」
何て自己中なヤローだ。何てセリフをさらりと言いやがるんだ。何であんたのために学校行かなきゃなんないんだ。そんな簡単に割り切れるかバカ。
言いたいことはたくさんあったけど何を言ってもムダだと思った。だってわたし素直になんかなれないから。そんなところもブン太はきっとお見通しで、だから今コイツはこんなに意地悪な微笑みを浮かべている。いつからこんな大人になってたんだろうなあ。
とりあえずブン太が部屋から出て行ったら制服に着替えてみようかと思う。