秋雨
今日も空は不機嫌だ。
鉛色の厚い雲が覆い尽くし、地上にあるすべての物を洗い流すかのように雨が降り続いている。
素肌に触れる空気は刺すように冷たい。
『ハァー…。』
指先の感覚が薄れ始めている手に息を吐き、擦っては温めた。
もう何時間ここにいるだろう?
約束の時間なんかとっくに過ぎていているのに、ずっとキミを待ち続けてる。
最後にキミに会ったのは一、二ヶ月前。
一般人のキミと暗殺者である私では合わない事が多すぎるからと、キミから別れをほのめかすメールが来たのは一昨日。
ちゃんと会って話がしたくて、ここで待ってると私がメールをしたのは昨日。
『やっぱり…私じゃダメだったかな……。』
ひとり呟いた言葉と供に、熱い雫が頬を伝い冷たい雨と混ざって落ちていく。
少し感覚の無くなっている両手で顔をかくし泣き出せば、後ろから抑揚のない声が聞こえた。
「風邪ひきますよー。」
『…大丈夫。』
「あぁ、馬鹿は風邪ひかないって言いますからねー。」
『なっ!』
デリカシーも無ければ、空気も読まないその発言に苛立ち、顔を上げて振り向いた。
目の前に立っているのは間違いなく、いつも通りのポーカーフェイスをしたフラン。
だけど、私と同じように長時間雨の中にいたかのように、ずぶ濡れになっている。
『な、んで?』
「流石にミーは風邪ひきそうなんで、そろそろ帰りましょー。」
サラサラとした翡翠の髪は濡れ、水が滴り落ちる。
寒さで微かに震える肩をさすっていた手が私に差し出された。
『フラン…。』
「一緒に帰りますよー、姫。」
差し出された手に自分の手を重ねれば、冷たいはずなのに温かく感じる。
ギュッと握られたので握り返せば、それを合図に2人歩き出した。
一歩ずつ、あの場所から遠ざかる程に強かった雨足が弱まっていく。
「帰ったら、ミーが温かいミルクティー淹れてあげますねー。」
『え?』
意外な言葉に驚きフランを見れば、普段見ることのない柔らかな笑顔が向けられていた。
「一緒に雨で冷えた体を暖めましょー。」
『うん。…ありがとう。』
その笑顔と優しさに、体と一緒に凍えていたはずの心が温まり始め、不機嫌だった空からは少しずつ光が射しだした。
雨が洗い流したのは、報われなかった恋心。
残ったのは二人仲良く並んだ足跡。
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