Bit Stupid
通常の着信音とは違うが、聞き慣れたメロディーが端末から流れ出す。
画面を見ればジャッポーネで長期任務中のアイツの名前が表示されていた。
「Si.」
「わりぃ、ぼーっとしてた。」
「……は?ちょっと待てって!」
「ダメとか言ってねぇし。じゃなくて……」
一方的に通話を終了させられた端末を片手に唖然とする。
そのまま振り返れば、さっき持ち帰りしたばかりの女がベッドで手招きしていた。
「しし…まぢかよ……」
・・・・
仕事が入ったからと部屋から女を退出させたのはついさっき。
中々部屋を出ていこうとしない女を鞄と一緒に廊下へと蹴飛ばした。
火遊びにならない程度の奴だし、殺されなかっただけでも有り難くね?そんな事を思いながら部屋を見渡す。
「さてと…」
ここで使用人とか呼んでアイツと鉢合わせたら疑われるからと、普段は使わない掃除用具を取り出して女がいた証拠の隠滅に取りかかった。
コロコロと軽快な音を立ててカーペットに落ちていた髪やゴミなんかがクリーナーに巻き取られいく。
開け放たれた窓から入る冷たい風のおかげで甘ったるい香水の匂いも消えた。
「…こんなもんか。」
手についた埃を軽く叩いて落とし、部屋を見渡す。それと同時にドアをノックする音とアイツの声が耳に届いた。
『ベル、ただいま。』
「おかえり、早かったじゃん♪」
上機嫌でドアを開ければ1ヶ月ぶりの姫の笑顔。
華奢な体に不釣り合いな大きな鞄をアイツの手から取ってから中へ入れた。
『私に会えなくて寂しかった?』
「それはお前の方じゃねぇの?」
鞄を隅に置き、先を歩く姫の腰に腕を回して後ろから抱きつく。
「王子と離れて寂しかったから早く帰って来たんだろ?」
耳元でそっと囁けば姫は恥ずかしげに身を捩った。
『うん、寂しかった……はずだったんだけど、何故だろう今は殺意しか沸いてこないよ。ベル?』
振り向いた姫の手には見慣れないリップスティックが握られている。
『これ誰のかしら?』
「ししし……」
お互い清々しいまでに綺麗な笑顔を浮かべてる筈なのに何とも嫌な空気が辺りを漂う。
愛しい恋人である姫からは肌を刺すような殺気が発せられていた。
『それで?まだ答えてもらってないんだけど…これは一体誰のかしら?』
「……王子の…?」
苦し紛れの言い訳をすれば姫のオーラは一層黒さを増した。
『…覚悟は出来てるのよね?王子様?』
一歩一歩近づいてくる姫と常に一定の距離を保ちながら、ありったけの誠意と嘘を丁寧に巧く並べる。
『誤魔化しとか機嫌取りは要らない。』
「そんなんじゃねぇっての。…王子の一番は姫だけだから。」
幾分か落ち着いた姫に近づき、頬に手を添える。少し潤んだ瞳がオレを映し出した。
「…姫、愛してる。」
許しを乞う様に言葉を紡げば、許すの言葉の代わりに姫の柔らかな唇が重なった。
帰る場所はお前だけだから、まだ後ニ回くらい許してほしいとか口が裂けても言えねぇ…
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