お前がいるから
任務から戻って報告書を出しにいく前に談話室を覗く。
暖かい陽の光が射し込む窓辺のソファに座って、大きくなったお腹を優しく撫でながら微笑んでいるアイツを見て思わず顔が綻んだ。
気づかれないように気配を消して近づき、後ろからギュッと抱き締める。
予想通りにビクッと肩を震わせた後、すぐにオレの方に顔を向けた姫。
オレだと分かると、拗ねたように頬を膨らましたから軽く指でつついてやった。
「ししっ、驚き過ぎだろ。」
少しからかい口調で言えば、お返しと言わんばかりにアイツは不意打ちのキスをしてきた。
「なぁ、今のお帰りなさいのチュー?」
わざと聞けば、顔を赤くしたまま姫は頷く。
それが可愛くて、そのままギュッと抱きしめた。
幸せってこういう事を言うんだろうなって思ったら、自然と「愛してる」って言葉が口から零れた。
でも、その言葉は姫には伝わっていない。
一年前の最後の任務で姫は音を失ったから。
音のない世界の住人になったアイツはオレ達の口の動きで会話を知り、手話で返事をする。
だから、オレの胸に顔を埋めている姫に呟いたあの言葉は聞こえていない。
聞こえないはずなのに、姫は顔を上げて嬉しそうに笑いながら手話で“わたしも”って返してきた。
「……ッ、何だよ。聞こえねぇはずじゃねーの?」
“ベルの事だったら分かっちゃうんだよ。すごいでしょ?”
「ししッ、お前バカだろ。」
“うん。”
「…姫、愛してる。」
もう一度、強く抱きしめ腕の中に閉じ込める。
ギュッと抱きしめ返してきた姫の優しい温もりに、またなんとも言えねぇ幸せを感じた。
お前がいるから、オレは明日も頑張れる。
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