胡蝶夢


遠くに煌めくのは華やかな街明かり。

暗い路地裏をバタバタと騒がしく逃げまどう獲物の足音、短かく浅い呼吸音。

それを確実に追いつめていく乾いた音、冷静なオレの足取り。


「王子、鬼ごっこだぁいすき。」


麻酔をかけられたかのような何の感覚もない脳で、冴え渡る天才的な思考。

逃げ場を失った獲物がカタカタと震え出す。


「うししし、Game over♪」


すぐにナイフの錆にしようと思ってたのに、恐怖に染まる獲物の姿を見て気が変わる。


どうせなら長く辛く苦しい恐怖を味あわせたい。


ナイフが宙を舞う中、獲物の首に手を掛け少しずつ締め上げる。

嗚咽が漏れる顔に視線を移せば、息が止まりそうになる。

オレが首を絞めている相手は、獲物じゃなくてアイツに変わっていた。


「なっ!?」


離そうとしても離れない手。
力を抜こうとすればするほど締め上げていく。


『…ベッ……ル………』


アイツの乾いた唇から零れる言葉は泡のようだった。


焼け付くような傷みが心を抉る。

アイツの細い喉が跳ねるのを涙で霞む目で見ていた。




「姫!!」




・・・・


オレの部屋で木霊するアイツの名前。

真夜中の部屋の広さと静寂が、胸につっかえて上手く息が出来ない。


「……ユ、メ…か?」


汗で額に貼りつく前髪を掻き上げてから、左隣に視線を向ける。


「…しし、いるじゃん。」


規則正しい寝息と幸せそうな姫の寝顔にホッと胸を撫で下ろした。

手で髪を梳きながら、姫の頬に何度も口づけを落とす。


『…ん、ベル……。』

「わりぃ、起こしちゃったな。」


寝ぼけ眼のまま、身体を起こした姫の唇に挟むようなキスをする。


『ベルこそ、起きちゃったんだね。』

「あン?何言って…」

『自分を責めないでね、ベル。』


アイツの首にある締痕を見て鼓動が早くなる。

ドクドクと音を立てて血液が全身を巡りだし、眩暈がし出す。


「アレは…ユメ、だろ?」


アイツに向かって手を伸ばせば、触れた先から無数の蝶に変わり消えていった。


『そう、全てがユメだったらよかったのにね。』


姫の声が耳鳴りのように頭に響いて消えない。

視界が暗やみに包まれていった。



・・・・


オレはまた薄暗い路地裏を歩いている。

遠くに見える煌びやかな街明かり、近くには逃げまどう足音。


「な、ん何だよ、コレ。」


変な汗が背中を伝い、短く浅くなっていくオレの呼吸。


「ユメか?それとも…」


苛立ちと動揺を隠すようにナイフを広げ、逃げる獲物を一発で仕留めた。

血溜まりに倒れた獲物の顔が見れない。見たくない。見る必要なんてない。

ソレに背を向け、街の灯りに誘われるように歩き出す。


真っ赤な蝶がオレを見下ろして嘲笑っていた。






耳鳴りは消えないままだ。





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