奏でるは愛の調べ

静まり返る邸内に響く、高く澄んだ音。

聴き慣れていないその音色を辿って歩を進めれば、愛しい彼の部屋に辿り着いた。


『ベル?入るよ。』


軽くノックしてからドアを開く。

明かりの灯されていない部屋の中、彼は窓際に立っていた。

月明かりに照らされた錦糸の髪は神々しく、白い肌は滑らかな陶器のように美しい。

まるで絵画から抜け出した天使のような彼の姿に、思わず息をのんだ。

その妖しくも美しい幻想的な光景に見入っている私をよそに、彼は持っていたヴァイオリンを構えて音を奏でだす。


澄んでいて、どこか温かみのあるその音色に胸が熱くなる。

ベルに“愛してる”と耳元で囁かれているような感覚に包まれ、自然と頬が熱を持つ。

その調べを聴いていると、彼への想いが溢れ出すようで、私は思わず“愛してる”と口に出していた。

私のその言葉にベルの手が止まる。

弾いていたヴァイオリンと弦をベッドの上に朴ると、真っ直ぐ私の元へ歩いてきた。

ベッドのスプリングで軽く弾んだヴァイオリンの音に、近づいてくる彼の足音。

些細な音さえもはっきりと聞こえ、耳に残る。

全ての音が大きくなっていくような感覚に陥っていた。

音にばかり集中しすぎていたせいで、彼が近くにいる事に気が付かなかった。

そんな私をベルは強く抱きしめた。

私の顔を覗き込む彼の髪が揺れる。

サラサラと流れる金糸の間に透き通る深い碧がチラついた。

一瞬でその碧に魅入られる。

もっとしっかりと見たくて顔を近づければ、柔らかい唇が重なった。

髪と同じ金色の長い睫毛に隠される碧。

滑る舌が絡み合い濡れる唇。

呼吸を忘れるほどの口づけに私も瞳を閉じた。




・・・・

「伝わって嬉しかった。」

『え?』

「さっきの。」


後ろから抱きしめ、耳元で囁くベル。

掠める吐息がくすぐったくて身を捩れば、私を抱きしめている腕にぎゅっと力が入った。


「城にいた頃にさ、習ったんだ。曲名は忘れたけど、さっき弾いてたのは愛の調べ。」

『うん。…伝わったよ。』


照れ隠しのように、しししっと笑う彼の胸に背中を預けて頬を擦り寄せると、耳朶を甘噛みされた。


『…んっ。』

「やわらけぇ。」

『だ、だって耳朶だもん。』

「ちげぇよ。姫だからだろ?」

『なにソレ。』


ベルの舌が耳の輪郭をなぞり首へ伝う。

ピリッとした痛みと吸い付き加減で、キスマークをつけたのだと分かった。


「姫といると落ち着く。」

『私もベルといるとすごく落ち着くよ。』


緩やかに流れる甘い時間に身を任せれば、ベルとの愛の調べは紡がれていく。

いつまでも途切れることなく、こうして紡がれていくことを私は願わずにはいられない。




キミの指先は断末魔を奏でるだけじゃなく、私との愛の調べをも奏でる軌跡の指先。




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