秘密の恋味
さっきから彼女は、白い粉のついたハート形のお菓子を美味しそうに食べている。
口に入れては、舌で転がしながら溶かして食べているらしく、もごもごと小さく動く口が妙に色っぽかった。
「なぁ、さっきから何食ってんの?」
『ん?ピュレグミだよ。』
「グミ?」
『そ。期間限定のこの味にハマっちゃって、ついつい食べちゃうんだよね。』
そう言いながら、彼女はまたひとつ摘んで口に入れた。
「姫って、期間限定ものに弱いよな。」
『ん〜♪』
「ったく。で、何味なんだよ。」
幸せそうに口を動かす彼女の隣に腰掛ければ、彼女の頭が肩に凭れてきた。
『知りたい?』
「もったいぶんな。」
素直に教えない姫の額を指でつつく。
『ちょ、何すんのよ〜。』
ケラケラと笑いながら、甘えるように頭を肩に擦り付けてくる姫が可愛い。
その可愛さに被虐心が刺激されて、少し意地悪をしてやりたくなった。
「早く言わねぇと額にナイフが刺さるぜ。」
少し声を低くして驚かせば、彼女は目を丸くして、額を両手でガードしながら答えた。
『秘密の恋味だよ。』
「は?」
意味不明なテイスト名に思わず間抜けな声を漏らした。
恋味って、しかも秘密ってなんだよ。
『恋のエキス入りで、告白前に食べると恋が叶うんだって。』
嬉しそうに“恋が叶う”なんて言葉を口にする姫に、少し苛立ちを覚える。
袋ごとソレを取り上げようとして腕を伸ばせば、軽やかな身のこなしでかわされた。
「テメッ…寄越せよ!」
『食べたいならあげるよ。でも、袋ごと奪っちゃイヤ!』
「なに?そんなに叶えたい恋があるわけ?」
頑なにソレを渡そうとしない姫はオレの言葉に反応して、耳まで顔を赤く染めた。
『え…あ、うん。』
隠されたり、言葉を濁されてもムカつくが、肯定されてもムカつく。
しかも、頬を赤く染めて言っているのだから本命なのだと察しがつくから余計だった。
“王子のオレが惚れてやってんのに、お前は誰にその想いを向けてるわけ?”
本当なら言ってしまいたいその言葉を飲み込んだ。
「誰だよ。」
『え?』
「叶えたい恋の相手。」
相手を聞いたことに驚いたのか、彼女は目を丸くしてオレを少し見つめた。
その瞳を真っ直ぐに見つめ返せば、恥ずかしそうに俯きながら口を開いた。
『えっと…金髪くせ毛風ヘアで、笑顔がステキで…王子様的な人。』
「…それって………。」
跳ね馬じゃね?と言おうとして止めた。
その名を口にした時点で負けを認めたような気がして…。
王子が失恋なんて認めたくなかった。
目の前に本物の王子がいるってのに、王子様的な男の方がいいってあり得なくね?
そんな思いが渦巻き、口角が歪みそうになる。
そこに追い打ちを駆けるように、姫はオレに質問を投げかけた。
『ねぇ、ベル。私の恋、叶うかな?』
苛立ちを越して泣きそうになる。
早くこの場から離れたくて、テキトーな言葉を吐こうとした。
「そン、むごッ!!」
言葉を発するために開いた口に、彼女は手にしていたグミを入れる。
そうしてそのまま、自分の唇でオレの口を塞いだ。
口の中が甘酸っぱくなる。
触れるだけのキスに、背筋が震えるほどの胸の高鳴りを覚えた。
『わ、私…ベルが好き、なの。』
緊張の涙で潤んだ瞳のまま、オレを見上げてくる彼女が愛しくて、ぎゅっと腕の中に閉じ込めた。
「姫の願い叶えてやるよ。」
“お姫さまの願いを叶えるのは王子の役目だろ?”耳元でそう囁けば、姫はオレの腰に腕を回して抱き返してくれた。
オレは初めて知ったこの味を忘れられそうにない。
一度味わったら、やめられないと断言出来るほどハマってしまう。
彼女とのキスは秘密の恋味。
(そういや、なんで王子様的なんだよ。オレは本物の王子って言ってんじゃん。)
(だって、王子って言い切ったら告白する前にバレちゃうと思って…ごめん。)
((やべ…ショゲた姿、可愛い過ぎる。))
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