恋人同士の挨拶はキスが基本です。
スクアーロに恋をすると決めた日に、約束したことがいくつかある。
その内のひとつが“いってらっしゃいとお帰りなさいのキス”だ。
スクアーロ曰わく、恋人同士の挨拶はキスが基本らしい。
今朝も任務に出るスクアーロにいってらっしゃいのキスをした。
が、未だに慣れないでいる。
「もうすぐスクアーロが帰ってくるんじゃない?さっき、ボスに任務完了報告が入ってたから。」
『そ、そうなんだ。』
厨房の作業台に頬杖をついてボーっとしている私に、フリルたっぷりのエプロンをつけ、夕食の準備をしているリア姐さんが時計を見ながら彼がもうすぐ帰宅する事を教えてくれる。
その言葉に私はぎこちない笑顔を浮かべた。
「あら〜?嬉しくないの?せっかくダーリンが帰って来るって言うのに。」
『…ダーリンって。』
「やぁね、スクアーロは姫ちゃんのダーリンでしょ。」
語尾にハートをつけてダーリンを強調してくるリア姐を見て、思わずため息が出る。
近くに置いてある出来上がったばかりのサラダに手を伸ばし、瑞々しいトマトをつまみ食いしてから口を開いた。
『スクが帰ってくるのは嬉しいんだけどね。』
「なぁに?何か不満でもあるの?」
『キスしなきゃいけないから…。』
頬を赤く染め、ごにょごにょと口ごもりながら話す私に彼、いや彼女は呆れた表情を浮かべた。
「キスぐらいイイじゃない。どんどんしちゃいなさいな。」
お玉で宙に円を描きながら、広い厨房内を右から左へと移動する彼女をじとーっとした目で追う。
「姫はスクちゃんとキスするのがイヤなの?」
『ヤじゃないよ。』
「なら、スクアーロのキスが下手とか?」
『それは絶対ない。キスする度、いつも腰くだけになるもん。』
「さり気なくノロケてるわよ、姫。」
リア姐さんの声が一瞬低くなったことに少し焦り、なぜかわからないが背筋を正す私。
「じゃぁ、なんでなのかしら?」
『…慣れないの。もう一週間も経つのに、キスに慣れない……。』
軽い沈黙の後、彼女は私に向き直り母親のような口調で話し出した。
「なら尚更、たくさんキスしなさいな。ほら!そろそろスクアーロも帰ってきてる頃だし、さっさとエントランスに行ってきなさい!」
手を腰に当て仁王立ちするリア姐さんに一喝されて、追い出される形で厨房を後にした。
渋々エントランスに向かえば、隊服に少し返り血を浴びたスクアーロが立っている。
高い背に長くサラサラとした白銀の髪、鋭く切れ長な三白眼に薄い唇。
少し距離を置いた位置で改めて彼を見て、本当に美形過ぎるだろと言いたくなった。
そんな人とキスしてるのかと思うと、脳が沸騰してしまいそうなほど恥ずかしくなる。
ひとりで顔を赤くしてるのを隠したくて、俯いたままその場に立ち尽くした。
「姫、いつまでそこにいるつもりだぁ。」
『……ぁ。』
いつの間にか、遠くにいたはずのスクアーロが目の前にいた。
革手袋を外した右手で優しく私の頬撫でる。
そんな彼の大きな手に安心感を得ている私がいた。
『スク、お帰りなさい。』
顔を上げれば微笑むスクアーロの綺麗な顔が見える。
背伸びをして彼の唇に自分の唇を重ねれば、背中に腕が回されてぎゅっと抱きしめられた。
緩く閉じていた私の口にスクアーロの舌が滑り込み、咥内をゆるゆると優しく探り出す。
絡まる舌から伝わる彼の熱に侵されて、思考が止まり、腰が砕ける。
しゃがみ込みそうになる私の腰を抱える彼の手に力が入った。
『ふっぅ…はぁ…。』
「姫、まだ慣れないのかぁ?」
妖しくに笑う彼の唇はさっきまでのキスで濡れていて、とても色っぽい。
『うん、慣れてない。…ごめんなさい。』
「謝ることないぜぇ。毎回初々しくて可愛いんだからなぁ。」
キスの余韻で普段よりもドキドキしている私の心臓は、スクアーロの色気と言葉によって更に早く脈を打つことになった。
私の中で、恋人同士の挨拶はキスが基本となるには、まだまだ道のりは長そうです。
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