唄う
2012/10/16 00:14
月を仰いで懐かしい歌を口ずさむ。
決して上手とは言えない私の歌声。
だけど、丁寧に慈しむように記憶の中の旋律を追った。
「珍しいじゃん。」
突然聞こえた声に驚き後ろを振り向けば、綺麗な弧を描いて笑うキミがいた。
『なにが珍しいの?』
「その歌。あの日以来唄ってなかったじゃん。」
『…そうだね。』
三人で遊んでたあの頃はよく唄っていた歌。
キミが同じ顔をしたもう一人の彼を殺めたあの日から唄わなくなっていた歌。
『懐かしい?』
「ししし、まぁね。」
黄金色に輝く月が彼と重なったから思わず口ずさんだあの歌を、キミも懐かしいと思ってくれたのかと思うとなんだか嬉しくなる。
月を仰いで、もう一度歌い始めた私をキミは抱き寄せ腕の中へ閉じこめた。
「お前の歌声って好き。儚くて危うい感じ…。」
『何それ…?』
「誰にも渡したくねぇーってこと。」
私を抱くキミの腕に力がこもるのが分かる。
月ではなくキミを仰げば、優しい口づけが落ちてきた。
『…ベル、ずっと一緒にいようね。』
「死んでも離すつもりねぇよ。俺だけのお姫さま。」
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