嵐山隊と合同練習をすると聞かされたのは一昨日のことだった。正直、あまり気乗りはしない。自分の隊の隊員にすら慣れていないのに、他の隊との合同練習だなんて。それにあの嵐山隊だ。…正直に言うとあまり関わりたくない。彼らはテレビに出るほどの人気者だ。キラキラした場所にいる彼ら。自分とは正反対。そんな彼らと関わったら、自分のことを今よりいっそうみじめに思うことになるだろう。



「君たちが太刀川隊の双子シューターか、ボーダー内で話題になってるから会えるのを楽しみにしていたんだ」

嵐山隊の隊長、嵐山准さんは絵に描いたようないい人だった。彼自身に悪意がないのは分かったが、その「話題」の中にはきっと、私の悪評も含まれているのだろう、と卑屈になる。公平が笑いながらさりげなく私の前に立って嵐山さんの相手をしてくれた。昔はそれにほっとしていたんだけど、今はなんだか情けなさのほうが勝ってしまう。


一対一の模擬戦が行われることになった。模擬戦の相手が誰であろうと、関係ない。ただ戦って、そして関わらなければ良いんだ。ちらりと公平を見ると、嵐山隊の女の子と言い合いになっていた。なにをしているんだか。…でもそれすら羨ましく思えてすぐに目を背けると、すぐ横に誰かが立っていたことに気づき、少しだけ驚いた。


「賑やかですね」
「……はい」
「出水、名前先輩ですよね。オレは時枝充って言います。嵐山隊のオールラウンダーです」
「…そう、ですか」


時枝くんはあまり表情を変えない子だった。私に先輩とつけているから、きっと年下なのだろう。心を読まないために顔を背け、時枝くんから距離をとる。…ああ、…こんなことをしているから嫌われてしまうんだ。素っ気なくて、可愛げもなくて、…もっと公平みたいに笑顔で誰とでも仲良くできたらいいのに。


「………」
「………」


時枝くんとはそのまま、何も話さないで終わった。きっと、つまらない奴だと思われただろう。彼が何を思っているか確認することも、もちろんできたけど怖くて彼の表情を見ることすらできなかった。それでも何故か、合同練習が始まるまで時枝くんはずっと私の隣にいた。お互いに黙ったままだったけど、不思議と居心地が悪いとは思わなかった。





それから本部ですれ違うたびに時枝くんが声をかけてくれるようになった。最初は挨拶だけだったけど、たまにラウンジで一緒になったときは時枝くんが私の所へ来てくれて話をしてくれたりして。私はいつもと同じように彼を見ずに素っ気なく相槌を打つだけだったけど、それでも時枝くんはいつも変わらぬ態度で私に接してくれた。時枝くんは他人との距離の取り方が上手で、とてもいい子だと思う。



「お前、最近楽しそうじゃん」
「、え?」


公平がにやりと笑いながら私を見る。この笑い方は私をからかおうとする合図だ。眉を寄せると今度は声をあげて笑った。まったく、失礼な奴だ。公平が何を言いたいかは心を読まなくてもわかる。


「彼のことが言いたいんでしょ?」
「そうそう。で、どうなの?」
「どうって、別にどうもないけど…」
「どうもないってことはないだろ、どうもないってことは。最近一緒にいるとこよく見かけるし」
「それは、…」
「ま、きっかけは大切にしろよ」


たたみ終えた洗濯物を持って公平は立ち上がり、そして脱衣所の方へ消えていった。公平は全部わかってる。たとえ私が口を開かなくてもわかっていたんだ、私が変わりたいと思っていることを。いつも、公平は私の後ろに立って背中を押してくれる。前に進めるかどうかは、私次第だ。


時枝くんと一緒にいる時間は、私の中で少しずつ特別なものになっていた。楽しい、と思える時間なのかもしれない。じゃあ、時枝くんはどうだろう。こんな、相槌しか打たないやつに話しかけて、楽しいのだろうか。…私だったら、きっと楽しくない。
そう考えると、心にずどんと重たいおもりが落ちてきた。楽しくない、じゃあ時枝くんはなんで、私の所にやってくるのだろう。…知りたい、と思った。





「楽しくないでしょ」




私がぽつりと漏らすと、時枝くんは首を傾げた。
夕方を過ぎたラウンジは人もまばらで静かだ。いつもように私のもとへ来てくれた時枝くんは、たった今任務が終わったのだと教えてくれた。隣に座り、自動販売機のみかんジュースを飲む時枝くんに向けて、私はここ最近心の中にあった疑問をぶつけた。思えば、時枝くんに自分から話しかけるのはこれが初めてだったかもしれない。


「私なんかと話してても、楽しくない、でしょ」


ああ、これではただの子供じゃないか。時枝くんから顔を背け、視線を落とす。ぐるぐるといろんな思いが頭の中を巡って、混乱してきた。


「そう思ったことはないですよ」
「…だって、」
「…オレ、合同練習のあった日よりずっと前から先輩のことを知っていました。いつかお話したいと思っていました。…だから、こうして知り合うことが出来て嬉しいんです」
「私と?」
「はい」


時枝くんの言葉が胸に突き刺さる。…とても、嬉しかった。何故だろう、とにかく嬉しかった。けれど、それと同じくらいの不安も突き刺さる。
もし、これが時枝くんの本心じゃなかったら。私のサイドエフェクトがあれば、思いの色はすぐに見破ることができる。もし、もしこれが、信じたくないけど時枝くんの嘘だとして、それを見てしまったら私は立ち直れるだろうか



『きっかけは大切にしろよ』


公平の言葉が頭の中に響く。
人と関わるのが怖い、私には相手の心の中が見えてしまうから。だから今までずっと、人と関わるのを、関係を作ることから逃げていた。だけど、それだけだと…寂しいんだ。
何より、時枝くんのことをもっと知りたいと思った。なぜかは、わからないけど。でもそれでいい、きっと理由をつけるものではないと思うから。


顔を上げた。時枝くんの顔をきちんと見るのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。吸い込まれそうな瞳は、まっすぐに私に向いていた。そして瞬く間に私の頭に流れ込んでくる思いを読み取った時、私は目の前にいる時枝くんの手を無意識に握ってしまっていた。ぽんっと私の頭の上に時枝くんが手を乗せて、そのまま優しく撫でてくれる。


とても、まっすぐだった。純粋な、私への優しい思いだった。







それから私は下を向くことをやめた。上を向いているといろんな人の思いが流れ込んできて、それは私が思っていたより、悪いものだらけではなかったことに初めて気付く。まだ少しだけ怖いけれど、それでも前みたいに殻に閉じこもることをやめた私の世界は大きく色づいた。
彼がいてくれたから、変わることができた。泥の中から、私を地上へと連れ出してくれた。彼はいつまでも、私の特別だ。





20140501



補足:出水妹の副作用は相手の心を読む力。だが感覚を研ぎ澄まさなければ相手の声(本心)を聞き取ることはできない。普段は相手の思いの種類しか分からない。


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -