時坂愛が特異な力を使える様になったのは、もう4年も前の話だ。
気味の悪い赤黒いヒビの入った扉の中にある世界で、愛は自分の瞳の色とそっくりな目玉に似た複数の球体を操ることが出来た。愛はその球体を「トゥルース・アイ」と呼んでいる。球体を繋ぎ合わせて棒状にしたものを振るったり、球体状態のまま自由に操りつつ遠隔から射撃の出来るそれは、扉の中の世界に棲む「危険で恐ろしい化け物」たちを倒す唯一の手段だった。

そもそも、何故赤黒いヒビの入った扉の中にある世界ーーー「異界」と呼ばれる存在に関わる事になってしまったのか。それはきっと、あの東きょう震災が原因だと愛は考えていた。あの日から全てが変わった。自分を取り巻く環境も、視えるものも、感じるものも全て変わってしまった。

東京震災が起こったあの日。いつも通り双子の兄と幼なじみの少女と遊んでいた幼い頃の愛。嘘のような揺れ、崩れゆく町並みは地獄絵図だった。何故か真っ赤に染まった空を見上げたとき、何かを見た気がするのだがそれが何だったか全く思い出せない。
ただ、あの日を境に「なにか」に追いかけられている様な気配を度々感じる様になった。しかし愛は「なにか」がどこにいるのか、どこからやってくるのか「判った」為、それを避け続ける事が出来たのだ。しかし、5年の月日が過ぎた頃、愛は気づいてしまう。「なにか」が居るであろう場所にいた人間が、行方不明になっている事に。


その頃、愛は少し自暴自棄になっていた。あの日を境にすっかり変わってしまった自身を取り巻く環境、そして得体の知れないものに追いかけ回される恐怖、そしてまるで自分の代わりの様に行方不明になっていく人間ーーー。いっそ、ここからいなくなってしまおうか。そうとまで思った。愛は後ろを振り返り、そして「なにか」を感じる場所まで走った。

「なにか」へ向かって足を進めた愛が見たのは、赤黒いヒビの入った扉と、その扉から広がるまがまがしい空気。人知を超えたそれは自棄になっていた愛を怖じ気付かせるには充分だった。腰の抜けた愛はそのまま得体の知れない赤と黒に飲み込まれたのだ。その扉の中の世界、「異界」には「怪異」と呼ばれる恐ろしい化け物がおり、愛は更に恐怖することになった。しかし先に話した通りそこで化け物に対抗する手段を得た愛は、それから4年間自ら異界へ赴き、一人この異界で怪異と戦い続けてきたのだ。



愛は最後に残った怪異にトゥルース・アイを叩きつける。粒子になって消えたそれを息を切らしながら見届けた後、歪む世界にそっと目を閉じた。
さわさわと葉の揺れる音が聞こえ、再び目を開ける。いつもと何ら変わりのない杜宮記念公園の姿が映った。


「ーーーーいつまで、」

いつまでこんな事を続けたら、私は報われるのだろう。



家族も、友人も、私のことを見てくれる人は誰もいない。私はいつも一人だ。現状を打開出来ると思って始めたこの怪異退治も、もう4年も続いている。何一つ状況はよくならない。親や、双子の兄や、そして一番の親友だったあの子との仲は、何一つよくならない。右手に巻かれたくすんだミサンガを視界に入れる。暗い気持ちがより増した気がした。私は、これからどうしていくのが正解なのだろうか。溜息と共に空を見上げると、太陽が遙か先の空へどっぷりと溶けていった。


20170120



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