私は桜がだいすき。
花がつく前の木の枝も、ひょっこりと顔を出した芽も、膨らんだ蕾も、両手を広げて笑う花びらもみんなみんな好き。だけど私が一番好きな桜はこの中には含まれていない。
今日は休日、私はお気に入りの紅色の雨傘を持って部屋を出た。小松田さんを探して出門表に名前を記入し、それから忍術学園を出ようとした時だった。


「おい名前」
「あれ、作兵衛どうしたの?」
「おめぇこんな雨ん中どこ行くんだ?」
「桜を見に行こうと思って」
「桜ぁ?こんな日にか?」
「こんな日だからこそです」
「……ちょっと待っててくんねぇか」
「?いいけど」


そう言うと彼はドタドタと廊下を駆けていった。雨で湿っているから危ないのになあ、なんて思いながら傘をたたみ縁側に腰掛けて作兵衛を待っていると、再びドタドタと騒々しい足音が聞こえてきたので小さく笑って振り返ると、忍装束から私服に着替えた作兵衛が息を切らして立っていた。


「そんなに急がなくてもよかったのに」
「…おめぇなら俺を置いていきかねないからな」
「うわ〜信用されてないなぁ、私」
「冗談だよ、じゃあ行くぞ」
「作兵衛も桜見たいの?」
「…せっかくの休日なんだから少しでも名前と一緒にいたかったんだよ」
「そっかぁ、嬉しいな〜」


作兵衛は私の持っていた紅の傘を少しだけ乱暴に奪い取ると私に向かって手を差し出した。なんだかおかしくってクスクス笑いながら、私は彼の手を取る。
ぱさっと音を立てて開いた自慢の傘は私たち二人の体なんてすぐに包み込んでしまうほどの大きさで、雨に濡れる心配もない。
そのまま私たちは忍術学園をあとにした。



未だ花が咲き誇る桜並木を通り過ぎた時、作兵衛は訝しげな表情でこちらを見たけど、私は気にせず歩みを止めない。
薄桃を抜けた先にあったのは大きな桜の木。ただ、先ほどの場所の桜より早く咲いたためか桃は茶に変色し一目見ただけでは桜だと気づくことはできないだろう。私はその桜の木の前に立ち、そして見上げる。傘をさしてくれていた作兵衛も同じようにその木を見上げていた。彼の頭には疑問符が浮かぶ。


「名前の見たかった桜ってまさかこれか?」
「うん、そうだよ」
「…だってもう枯れてて、桜って感じじゃねぇだろ」
「でも私は綺麗だと思う。数日前まであんなに綺麗綺麗って持て囃された桜のなれのはて。数週間で散り枯れるこの儚い花が私は大好き」
「まあ確かに、あっという間だったよな」
「枝から芽が出て蕾が出て花が咲くまではみんなが待ち望んでいるけど、そのあとは誰も桜に目も向けない。枯れて散った花を見て汚いなって思う。それは少しだけ、可哀想だなって思ったの」


すると作兵衛が私の手をきゅっと握りしめた。私もたまらず握り返した。
風が少しだけ吹き、水分をたっぷりと含んだ茶色い花びらがはらはらと舞う。



「まるで人間みたい」



ぽつりと呟いた私の手には作兵衛のぬくもり。温かくて儚くて、…私は桜を見てため息を吐いたのだ。





20121101




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